1. はじめに ―「継ぐ人がいない」という危機
「跡を継ぐ人がいないので、会社をたたむしかない」
これは、地方企業の経営者から実際によく聞かれる切実な悩みです。日本全国で年間4万件以上の企業が廃業しており、その多くが「黒字なのに後継者不在」を理由とした“惜しまれる倒産”であると言われています。特に地方では、少子高齢化と若年層の都市部流出が重なり、事業承継は極めて深刻な社会課題です。
しかし、希望はあります。
それが、今注目されている「副業人材」という選択肢です。これまで「跡を継ぐ人は家族や社員の中から」という常識があった地方企業にとって、副業人材という“外の視点を持った第三者”を巻き込むことで、新しい承継の形、未来へのバトンの渡し方が見えてきます。
本記事では、副業人材がなぜ後継者問題の解決に役立つのかを解説するとともに、地方企業が副業人材をどう迎え入れ、どのように承継に結びつけていくのか、そのステップと注意点についても詳しく紹介していきます。
2. なぜ地方企業で後継者が見つからないのか?
2-1. 子どもが事業を継がない
高度経済成長期に創業した地方企業の多くは、2代目・3代目への事業承継を前提に経営を続けてきました。しかし現実は厳しく、現在では「子どもが継がない」「そもそも子どもがいない」という経営者も多く、親族内承継モデルが限界を迎えつつあります。
2-2. 社内に適任者がいない
「幹部社員に任せたいが、経営のセンスがない」「想いはあっても資金力や覚悟が足りない」など、社内承継も決して簡単ではありません。中には、幹部が自分の生活を守るためにリスクを取りたくないと、辞退するケースも珍しくありません。
2-3. 外部の後継者は“ゼロからフルコミット”が前提になりがち
M&Aや外部招聘を通じて後継者を探す動きもありますが、「いきなりフルタイム」「即代表就任」といった敷居の高さがあり、双方にとってリスクが大きい。ミスマッチによる短期離脱の事例も後を絶ちません。
3. 副業人材なら、後継者問題を段階的に解決できる
ここで、副業人材の登場です。
副業人材とは、他に本業を持ちながら、空き時間を使って他社の業務に関わる人材のことを指します。リモートワークや副業解禁の流れを受けて、都市部の優秀層が地方企業のサポートに関心を持つケースが増えてきました。
副業人材を後継者候補とすることには、以下のような利点があります。
3-1. “段階的な関与”ができるから、お互いの理解が深まる
いきなり代表を引き継ぐのではなく、「週に数時間だけ関わってもらう」「一部のプロジェクトから任せてみる」といった段階的な関与が可能です。これにより、会社側も副業人材も互いのフィット感を確認できる時間的余裕が生まれます。
3-2. 専門性の高い人材を呼び込める
副業人材の多くは、都市部でマーケティング・IT・財務などの経験を積んできたスキル特化型人材です。彼らの力を借りることで、業務改善や新規事業立ち上げなど、会社の魅力を磨き直すプロセスにも貢献してもらえます。結果的に「この会社、もっと面白くなる」と感じた副業人材がそのまま本気の後継者候補になる、というストーリーが成立します。
3-3. “想い”を軸に関係性が築かれる
副業で地方企業に関わる人の多くは、給与や待遇よりも**「地域に貢献したい」「この会社の理念に共感した」という想いが強い傾向にあります。そのため、単なる就職や転職ではなく、“共創パートナー”としての後継者関係が築かれやすい**のです。
4. 副業人材→後継者へのステップ設計
では、副業人材を「未来の後継者」としてどのように迎え入れればよいのでしょうか?
STEP1:関わる目的とビジョンの共有
まずは副業人材に「自社が目指すビジョン」「なぜ後継者が必要なのか」を明確に伝えましょう。企業としての存在意義や経営者の想いに共感してもらえるかが、すべての起点です。理念が曖昧なままでは、どんなに優秀な人でも定着しません。
STEP2:小さなプロジェクトから関わってもらう
週数時間の業務委託や、短期プロジェクトなどから始めてみましょう。例えば、
- 採用ページの改善
- 自社ブランドの再構築
- 製品のEC展開サポート
など、スキルを活かせる分野で副業人材に実績を積んでもらい、信頼関係を築きます。
STEP3:経営視点での議論に巻き込む
信頼関係ができたら、「なぜこの事業をやっているのか」「3年後どうありたいのか」といった中長期視点の議論に参加してもらいましょう。このフェーズが、経営者候補としての“目線合わせ”の時間となります。
STEP4:役員就任・社内参画などの選択肢を提示
副業から1〜2年関わったタイミングで、より深い関与(経営幹部・役員・共同代表など)について対話します。副業人材の意志が固まっていれば、ここで事業承継への道筋が描けてきます。
5. 実際の成功事例(仮想モデル)
◯木工製品メーカーK社(広島県)
- 社長が70代で後継者不在
- 副業マッチングサービスを通じて、東京のプロダクトデザイナーが週2回のリモート会議で関与
- ブランドリニューアルや展示会出展を経て販路拡大
- 1年後、そのデザイナーが「この会社で次世代の木工文化をつくりたい」と移住&取締役に就任
- 現在、社長と共同代表として事業承継中
このように、“副業”から始めた関係が、理念の共有→実績の積み重ね→信頼の深化→承継へとつながっていった好事例は、全国で少しずつ増えています。
6. 注意すべきポイント
副業人材を後継者候補に据える場合、以下の点に注意しましょう。
- 契約内容の明確化:最初は業務委託契約を結び、範囲や報酬を明示
- 情報管理:社内機密に関するNDA(秘密保持契約)を必ず締結
- 社内受け入れ体制の整備:社員に「外の人がいきなり来た」と警戒されないよう、丁寧な説明と対話を
- 経営者自身が本音で向き合う覚悟を持つこと:承継とは、単にポジションを譲ることではなく、想いを共有し合うプロセスです
7. 副業人材×理念経営=新しい承継モデル
副業人材は、“採用の選択肢”ではなく、“承継の選択肢”としても極めて有望です。
そしてその活用を支えるのは、**企業としてのビジョン(理念)**です。
「なぜこの会社が必要なのか」
「この地域に何をもたらしたいのか」
「どんな未来をつくりたいのか」
これらの問いに明確な答えを持ち、それを副業人材に対して熱く語ることができれば、共感と信頼が生まれます。副業人材にとっても「自分のキャリアや想いが、この会社で活かされる」と感じられれば、単なる外注先ではなく、人生の舞台としてこの会社を選ぶ理由になるのです。
8. まとめ ― 副業は“出会いのきっかけ”。承継は“理念のバトン”
地方企業の後継者不足は、今後さらに深刻になることが予想されます。しかし、希望を失う必要はありません。今の時代、副業という柔軟な形で関われる人材が増え、理念や想いに共感してくれる人が日本中に存在します。
副業人材と出会い、段階的に関係を深め、想いとスキルを確かめ合いながら“承継のバトン”を渡していく。それは、もしかすると親子や幹部以上に、想いの深い継承関係になるかもしれません。そして、そのすべての起点となるのが、経営者が言葉にする**ビジョン(理念)**です。
「この会社が必要な理由を、まず自分の言葉で語る」
「その言葉に、誰かが共感し、関わり、受け継いでいく」
副業という“柔らかな入口”を通じて、地方企業に新しい承継のかたちが生まれ始めています。
地方企業の未来を守るのは、次の世代ではなく、今、理念を語るあなた自身です。