「もっと経営者目線を持って仕事をしてほしい」
「当事者意識が足りない。自分がお金を出して経営しているつもりで考えてくれ」
経営者が熱意を込めて発するこの言葉。しかし、受け取る側の社員の表情が曇ったり、心の距離が離れていったりするのを感じたことはないでしょうか。最悪の場合、SNSや口コミサイトで「経営者意識の押し付け」「精神論ばかりのパワハラ」と揶揄されることすらあります。
結論から申し上げます。社員に経営者目線を求めるのは、物理的に不可能です。なぜなら、彼らはリスクを背負っていない「雇用される側」だからです。
経営者と社員では、見えている景色も、背負っている責任も、受け取るリターンも根本的に異なります。この「構造的な違い」を無視して目線だけを合わせようとする行為は、社員にとって無理難題の押し付けであり、苦痛でしかありません。
本記事では、「経営者目線を持て」という言葉がなぜ現場で拒絶されるのか、そのメカニズムを解明し、目線を強要するのではなく「視座の重なり」を作るための本質的なアプローチを解説します。
「経営者目線」という言葉が抱える3つの矛盾
経営者が良かれと思って使うこの言葉には、社員から見れば到底納得できない「3つの矛盾」が隠れています。
1. リスクとリターンの非対称性
経営者は、自らの資産を投げ打ち、借入の保証人となり、倒産すればすべてを失うリスクを背負っています。その代わり、成功すれば莫大な利益を得る権利があります。
対して社員は、決められた労働を提供し、安定した給与を受け取る契約を結んでいます。倒産のリスクは負っていませんが、会社が爆発的に儲かっても給与が10倍になることはありません。リスクもリターンも違う相手に「同じ目線を持て」と言うのは、公平性を欠く要求に聞こえてしまいます。
2. 圧倒的な「情報量」の差
経営者は、会社の財務状況、競合の動き、5年後のビジョン、銀行との関係など、すべての情報を把握しています。一方で社員に届くのは、そのごく一部、あるいは加工された数字だけです。
持っている情報が100の人と1の人では、同じ判断ができるはずがありません。情報格差を埋めないまま「同じように考えろ」と言うのは、暗闇の中で「道を見つけろ」と言っているのと同じです。
3. 「当事者意識」の定義のズレ
経営者にとっての当事者意識は「存続と成長」ですが、社員にとってのそれは「目の前の業務の完遂」です。
社員が自分の役割に全力を尽くしている最中に、いきなり「コスト意識を持て」「全社的な視点を持て」と言われると、自分の仕事を否定されたように感じてしまいます。「これ以上、何を頑張ればいいのか」という疲弊感が、パワハラという反発を生むのです。
パワハラと言われないための「視座の翻訳」
社員に経営者と同じ目線を持たせることはできません。しかし、社員の視座を「一段上げる」ことは可能です。そのためには、経営者の言葉を「社員のメリット」に翻訳する必要があります。
「コスト削減しろ」ではなく「利益の使い道を共有する」
「経費を削れ」という言葉は、社員には「自分たちの自由や備品を奪われる」というネガティブなメッセージに届きます。
代わりに、「無駄なコストを100万円削れたら、その半分を新しいPCの導入や研修費に充てる。残りは会社の内部留保にして、不況時の雇用を守るための貯金にする」と、**「利益が自分たちの幸せにどう直結するか」**を具体化します。
「高い目標を追え」ではなく「市場価値の向上を語る」
「売上を1.2倍にしろ」と言われてやる気が出る社員は稀です。
「この高い目標に挑戦するプロセスで、君は他社でも通用する〇〇というスキルが身につく。うちの会社で結果を出せる人間は、市場価値が圧倒的に上がる」
このように、会社の成長を「個人のキャリアの成功」に接続(アライメント)させることが重要です。
社員が「自律的」に動く組織の条件
経営者が目線を強要しなくても、社員が自ら考え、動く組織には共通の土壌があります。それは「強制」ではなく「納得」によって作られています。
1. 心理的安全性が担保されているか
「自分で考えて動け」と言いながら、いざ動いて失敗したときに激しく叱責していませんか?
失敗が許されない環境では、社員は「指示を待つのが最も安全な戦略」であると学習します。経営者目線を持たせたいのであれば、まずは「良かれと思ってやった失敗を称賛する文化」が必要です。
2. 「情報の透明性」をどこまで高められるか
判断を求めるなら、判断に必要なデータを与えるべきです。
売上だけでなく、原価、人件費、営業利益、そして「今、会社にお金がいくら残っているのか」。
すべてをさらけ出す必要はありませんが、可能な限りオープンにすることで、社員は初めて「数字の繋がり」を実感し、コストや利益に対する感度が自然と高まります。
3. 「小さな経営」を経験させる機会
いきなり全社的な経営を考えさせるのではなく、部署やプロジェクト単位での「収支責任」や「決定権」を委ねます。
予算をどう配分し、どう成果を出すか。この「ミニ経営」の経験こそが、どんな訓話よりも雄弁に経営の難しさと面白さを社員に伝えます。
経営者が「孤独」を受け入れる勇気
「社員が自分と同じように考えてくれない」と嘆く経営者は多いですが、実はそれは**「健全な状態」**です。
もし社員全員が経営者と同じように、24時間365日、会社の倒産リスクや資金繰りに怯えていたら、現場の細やかなサービスや丁寧な作業は疎かになってしまうでしょう。
社員は、経営者が安心して未来を語れるように、今日という「足元」を支えてくれている存在です。
経営者は、孤独な登山家のようなものです。
山頂からの絶景を見ているのはあなた一人でいい。
麓にいる社員に「なぜこの絶景が見えないんだ!」と怒鳴るのではなく、「今、あのアロハシャツが見える場所まで登ってごらん、素晴らしい景色が見えるよ」と、彼らが登れるステップを指し示すのが、真のリーダーシップです。
まとめ:目線を合わせるのではなく「ベクトル」を合わせる
「経営者目線を持て」という要求を捨てたとき、組織は変わり始めます。
- 社員と自分は「違う生き物」であることを受け入れる
- 「会社の利益」と「個人の幸福」の接点を必死に探す
- 数字の裏側にある「物語」と「納得感」を丁寧に伝える
経営者目線とは、持たせるものではなく、社員が仕事を通じて会社や社会に貢献する喜びを知ったとき、結果として「滲み出てくるもの」です。
今日から、「経営者らしく考えろ」と言うのをやめてみませんか。
その代わりに、「君がこの仕事を通じて、一番成し遂げたいことは何かな?」と問いかけてみてください。
社員が自分の人生の主人公として、自社の仕事を選び取ったとき。そのとき初めて、経営者であるあなたと同じ方向を向いた、最強のチームが誕生するのです。
