「立派なビジョンはあるが、現場は目の前の売上目標に追われているだけ」
「経営計画書を作ったが、数字の羅列に過ぎず、社員の心が踊らない」
「ビジョンと毎年の予算が、全く別のものとして扱われている」
多くの経営者や企画担当者が、このような「ビジョンと経営計画の分断」に悩まされています。経営理念やビジョン(将来のありたい姿)と、中期経営計画や単年度予算(現実の数字)。この2つが接続されていない組織では、ビジョンは「絵に描いた餅」になり、経営計画は「ただのノルマ」と化します。
結論から申し上げます。ビジョンと経営計画は、別物ではありません。**「ビジョン=目的地」であり、「経営計画=地図」**です。
目的地のない地図(計画)は意味をなさず、地図のない目的地(ビジョン)には決して到達できません。この2つは「強力な因果関係」で結ばれて初めて機能します。
本記事では、多くの企業で乖離しがちな「ビジョン」と「経営計画」を論理的に接続し、組織を目的地へと導くための具体的な設計手法について解説します。
なぜ、ビジョンと計画は乖離してしまうのか
そもそも、なぜ多くの企業で「想い(ビジョン)」と「数字(計画)」が分断されてしまうのでしょうか。それは、それぞれの性質と、作成するプロセスが異なることに起因します。
1. 「右脳」と「左脳」の違い
ビジョンは、企業の夢や理想を描くものであり、感性や情緒(右脳)に訴えかける性質を持ちます。「世界一のサービスを創る」「地域社会を豊かにする」といった定性的な言葉で語られることが一般的です。
一方、経営計画は、売上高、利益率、人件費といった現実的な数字(左脳)で構成されます。論理性と客観性が求められる世界です。
経営者が熱く語る「右脳的な夢」を、実務部隊が「左脳的な数字」に落とし込む際、翻訳ミスが起こります。その結果、「社長の夢はわかったけど、現実はこうだよね」という冷めた空気が現場に生まれ、ビジョン不在の計画書が完成してしまうのです。
2. 「積み上げ思考(フォアキャスト)」の罠
経営計画を策定する際、多くの企業が「昨対比110%」といった具合に、過去の実績をベースにした積み上げ(フォアキャスト)で数字を作ってしまいます。
「今の延長線上」で計画を立てると、当然ながら「今の延長線上の未来」しか描けません。しかし、ビジョンとは本来、「今の延長線上にはない、非連続な成長を遂げた未来」を指すものです。
起点が「過去」にある計画と、起点が「未来」にあるビジョン。出発点が逆方向を向いているため、両者が交わることがないのは構造上、必然なのです。
ビジョンと経営計画の正しい階層構造
これらを接続するためには、まず両者の役割と関係性を正しく定義する必要があります。経営における意思決定のピラミッドは、以下の順序で構成されるべきです。
1. ビジョン(目的地:Where)
「いつまでに、どのような状態になっていたいか」を示す到達点です。これは単なるスローガンではなく、期限と状態が定義されたゴールです。
2. 戦略(航路:How)
その目的地にたどり着くために、どの山を登るのか、あるいはどの海を渡るのかという大まかなシナリオです。「何をするか」と同じくらい「何をしないか(捨てること)」を決めるのが戦略です。
3. 経営計画(地図・工程表:When & What)
戦略を実行するための具体的なステップと、必要なリソース(ヒト・モノ・カネ)の配分表です。通常は3〜5年の中期経営計画と、1年の単年度計画に分解されます。
4. 戦術・アクション(行動:Do)
現場レベルでの具体的な行動計画です。
重要なのは、**「上位概念(ビジョン)が下位概念(計画)を規定する」**というルールを徹底することです。計画に合わせてビジョンを縮小するのではなく、ビジョンを実現するために計画を無理やりにでも引き上げる。この力学が働かなければ、組織の進化はありません。
ビジョンを「絵に描いた餅」にしないための3つの接続ステップ
では、具体的にどうやって「右脳的なビジョン」を「左脳的な計画」に落とし込めばよいのか。その手順は以下の3ステップです。
ステップ1:ビジョンの「定量化(数値化)」
最も重要なプロセスがこれです。定性的なビジョンを、誰もが客観的に判断できる「数字」に翻訳します。
例えば、「顧客から最も愛される会社になる」というビジョンがあったとします。これだけでは計画に落とし込めません。そこで、以下のように定義します。
- 定性ビジョン: 顧客から最も愛される会社
- 定量ビジョン(3年後):
- 顧客満足度(NPS)スコア:50以上
- リピート率:90%以上
- 既存顧客からの紹介売上構成比:30%
このように「状態」を「数値」に変換することで、初めて「その数値を達成するために何が必要か?」という逆算が可能になります。売上や利益といった財務目標だけでなく、ビジョン達成の指標となる非財務目標(KPI)を設定することが鍵です。
ステップ2:未来からの「バックキャスティング」
定量化された未来のゴール(3年後や5年後)が決まったら、そこから現在に向かって逆算(バックキャスティング)して計画を立てます。
「今の実力がこれくらいだから、3年後はこれくらい」ではありません。
「3年後にここに到達するためには、2年後にはここ、1年後にはここまで来ていなければならない。ならば、今月やるべきことはこれだ」という思考です。
この時、現状の実力と目標値の間に大きなギャップ(乖離)が生まれるはずです。この**「ギャップ」を埋めるための策こそが「戦略」であり「投資」**です。積み上げ思考では出てこない、抜本的な改革案や新規事業の必要性は、このギャップからしか生まれません。
ステップ3:リソース配分(予算)との整合性
計画を絵に描いた餅にしない最後の砦は、「カネとヒトの配分」です。口では「新規事業でビジョンを実現する」と言いながら、予算の9割を既存事業の維持に使っていないでしょうか。
経営計画とは、突き詰めれば**「限られたリソースを、ビジョン実現のためにどう配分するか」という意思決定**です。
ビジョン実現に必要な重要施策には、たとえ短期的な利益を圧迫してでも大胆に予算と優秀な人材を張り付ける。この「リソース配分の整合性」が取れて初めて、社員は「会社は本気でビジョンを目指しているんだ」と確信し、計画が実行力を持ちます。
計画の進捗管理(PDCA)における注意点
計画を実行フェーズに移した後も、ビジョンとの接続を意識し続ける必要があります。多くの企業が陥るのが、「数字(売上・利益)」の進捗だけを追いかけて、「ビジョン(ありたい姿)」の進捗を無視してしまうことです。
KPIが「ビジョン」と矛盾していないか
例えば、「顧客の成功に貢献する」というビジョンを掲げているのに、現場の評価指標(KPI)が「対応件数」や「通話時間の短縮」になっていれば、社員はビジョンを無視して電話を早く切ることを優先します。これでは本末転倒です。
経営計画のモニタリングにおいては、財務数値の達成度だけでなく、「ビジョン指標(ステップ1で定めた定量目標)」の進捗もセットで確認しなければなりません。
「売上は達成したが、顧客満足度が下がった」のであれば、それは「ビジョンに近づいていない」ため、経営としては失敗です。逆に「売上は未達だが、ビジョン指標は劇的に改善した」のであれば、未来への種まきは成功していると評価できるかもしれません。
まとめ:計画書は「未来への招待状」である
経営計画書は、銀行に提出するための資料でも、株主への言い訳のための資料でもありません。それは、「私たちはビジョンという目的地に向かって、いつ、どのようなルートで進むのか」を社員に示すための航海図です。
数字の羅列に魂は宿りません。しかし、その数字の一つひとつが「ビジョン実現のためのマイルストーン」として意味付けされた時、経営計画書は無機質な書類から、社員を未来へと駆り立てる「招待状」へと変わります。
もし今、貴社の経営計画がワクワクしないものになっているとしたら、それは数字が低いからではなく、その数字の先に「ありたい姿」が見えていないからです。
まずはビジョンを鮮明に描き、それを勇気を持って数値化すること。そして、その未来から逆算して、今日の一歩を決めること。この一貫した接続こそが、不確実な時代において組織を力強く前進させる唯一の方法です。
