「会社の不動産、法人税を計算するときと相続税を計算するときで評価額が違うって聞いたけど?」
「自社株の評価って、法人税法上の時価と相続税法上の評価って何が違うの?」
会社を経営する中で、会社の資産や株式の「評価額」という言葉を耳にする機会は多々あります。特にM&Aや事業承継を検討する際には、この評価額が売却価格や税金に直結するため、非常に重要な概念となります。しかし、一言で「評価額」と言っても、**「法人税評価額」と「相続税評価額」**という、異なる目的とルールで算定される二つの評価額が存在することをご存じでしょうか?
この二つの評価額を混同してしまうと、思わぬ税負担が発生したり、M&Aの交渉で不利になったりするリスクがあります。
本記事では、M&Aや事業承継を考える経営者の方に向けて、「法人税評価額」と「相続税評価額」の根本的な違い、それぞれの目的、そして具体的な評価の場面を、どこよりも分かりやすく徹底解説します。大切な会社と資産を守り、適切な意思決定を行うための知識を、ぜひインプットしてください。
1. 「法人税評価額」と「相続税評価額」は目的が違う!
法人税評価額と相続税評価額は、どちらも会社の資産や株式の価値を評価するものですが、その評価を行う「目的」と、適用される「法律・通達」が根本的に異なります。
1-1. 法人税評価額とは?
- 目的:法人が事業活動を行う中で、法人税法上の利益(所得)を正確に計算し、適正な法人税額を課税するために用いられる評価額です。主に、会社が資産(不動産、有価証券など)を取得したり売却したりする際や、特定の取引において、その資産の時価がいくらであったかを判断する基準となります。
- 適用されるルール:「法人税法」および関連する「法人税基本通達」に定められたルールに基づき評価されます。
- 評価の考え方:基本的に**「通常の取引価額」**、つまり、**客観的な「時価」**を重視します。法人税の原則は、適正な利益に対して課税するという考え方なので、資産が動いた時点や事業年度末時点の「その時点で売買するとしたら、いくらになるか」という市場価値に近い評価がなされます。
1-2. 相続税評価額とは?
- 目的:個人が亡くなった際(相続)や、個人から個人へ財産を贈与する際(贈与)に、その財産に対して課される相続税や贈与税を公平に計算するために用いられる評価額です。
- 適用されるルール:「相続税法」および国税庁が定める**「財産評価基本通達」**に基づいて評価されます。
- 評価の考え方:こちらも「時価」が基本ですが、**納税者が自ら時価を算定することが困難な土地や非上場株式など、特定の財産については、国税庁が「評価方法の目安」を詳細に定めています。**これらの評価方法は、必ずしも「市場における取引価格」と一致するとは限らず、時価よりも低く評価される傾向があるのが大きな特徴です。これは、相続税や贈与税の円滑な徴収と納税者の便宜を図る目的もあります。
2. 具体的な評価対象での違い
両者の違いをより具体的に理解するために、主な資産である「不動産」と「非上場株式(自社株)」の評価でどのように異なるかを見ていきましょう。
2-1. 不動産の評価の違い
- 法人税評価額(時価):法人が不動産を売買する際、その取引価格が原則として時価とみなされます。自社で不動産を保有している場合、売買取引がなくても、市場の動向や鑑定評価などに基づいて時価を算定することが求められます。
- 相続税評価額:相続税における土地や建物の評価額は、**「路線価方式」や「固定資産税評価額」**を基準に算定されます。
- 土地: 市街地にある土地は「路線価」(国税庁が毎年公表する道路ごとの評価額)に面積や各種補正率を乗じて評価します。路線価は公示地価の約8割程度が目安とされており、実際の市場価格(時価)よりも低く評価される傾向にあります。
- 建物: 原則として「固定資産税評価額」と同額になります。固定資産税評価額も、建築費の約5~7割程度が目安とされており、実際の時価よりも低いことが多いです。
このように、不動産においては、「相続税評価額」の方が「法人税評価額(時価)」よりも低く評価される傾向にあり、これが相続税対策で不動産購入が有効とされる理由の一つです。
2-2. 非上場株式(自社株)の評価の違い
- 法人税評価額(法人税法上の時価):法人が非上場株式を取得または譲渡する場合、法人税法上は**「その取引時点での客観的な時価」**で評価されます。これは、その株式を発行している会社の事業内容、財務状況、将来性などを総合的に勘案して算定される、市場価格に近い概念です。例えば、M&Aで会社を売買する際の価格がこれに該当します。
- 相続税評価額:個人が非上場株式を相続または贈与で取得する場合、国税庁の**「財産評価基本通達」**に基づいて評価されます。これは、会社の規模(大会社、中会社、小会社)や、株主の種類(同族株主か、同族株主以外の少数株主か)によって、以下のいずれかの方法、またはその組み合わせで評価されます。
- 類似業種比準方式: 類似する業種の上場会社の株価指標(配当、利益、純資産)を参考にする。
- 純資産価額方式: 会社の資産を相続税評価額で評価し直し、そこから負債などを差し引いた純資産額で評価する。この際、資産の含み益に対する法人税等相当額(約37%)を控除できるため、帳簿上の純資産よりも評価額が下がる場合があります。
- 配当還元方式: 過去の配当金に基づいて評価する。これらの方式も、実際の取引価格(法人税法上の時価)よりも低く評価される傾向があります。特に、含み益の大きい不動産を多く持つ非上場会社の場合、純資産価額方式で評価すると法人税評価額よりも低くなることがあります。
3. 混同すると発生するリスク
法人税評価額と相続税評価額の違いを理解していないと、以下のようなリスクが生じます。
- 不適切なM&A交渉: M&Aで会社を売却する際、相続税評価額の概念しか知らずに安すぎる価格で売却してしまったり、逆に法人税法上の時価がわからず高すぎる希望額を提示して交渉が破談になったりする。
- 思わぬ税負担: 社員に自社株を「無償」または「低額」で譲渡した場合、たとえ本人が贈与のつもりでなくても、税務署は「相続税評価額」を基準に**「みなし贈与」**と判断し、高額な贈与税が課される可能性があります。この場合、納税資金のない社員が困窮することになります。
- 税務調査での指摘: 誤った評価額で税金計算を行うと、税務調査で指摘を受け、追徴課税や延滞税、加算税といったペナルティが発生する可能性があります。
4. まとめ:評価額の使い分けは「目的」と「状況」次第
法人税評価額と相続税評価額は、それぞれ異なる目的を持つため、その評価のルールや結果も異なります。経営者としては、この違いを正確に理解し、状況に応じて適切な評価額を用いることが重要です。
- 法人税評価額:
- 目的: 法人の税金計算(利益や所得の算出)
- 考え方: 客観的な「時価」(市場価値に近い概念)
- 主な適用場面: 会社の売買(M&A)、資産の取得・譲渡、法人間の取引
- 相続税評価額:
- 目的: 個人の相続税・贈与税の計算
- 考え方: 国税庁の定める「財産評価基本通達」に基づいた評価(時価より低くなる傾向あり)
- 主な適用場面: 個人の相続、個人間の贈与・譲渡
この二つの評価額は、どちらかが「正しい」というわけではなく、**「何のために評価するのか」という目的と、「誰から誰へ、どのような形で財産が動くのか」**という状況によって使い分けられます。
自社株や会社の不動産に関する評価は、非常に専門的な知識が必要です。自己判断せず、必ず税理士をはじめとするM&A・事業承継の専門家に相談し、適切な評価と税金対策を立ててもらいましょう。それが、あなたの会社と大切な資産を未来へと確実に、そして有利な形でつなぐための最も賢い道です。