「会社を子供に継がせたいけど、自社株にかかる相続税・贈与税が心配…」
「後継者が多額の税金で苦労しないか不安だ…」
多くの中小企業の経営者が直面する事業承継の課題。その中でも特に大きなハードルとなるのが、**「自社株(非上場株式)」の承継にかかる税金(相続税や贈与税)**です。会社の業績が好調で株価が高く評価されるほど、その税負担は大きくなり、後継者が事業を継ぐことをためらう要因にもなりかねません。
このような状況を打開し、円滑な事業承継を後押しするために国が設けているのが**「事業承継税制」**です。この制度を適切に活用することで、後継者は事業承継に伴う多額の税負担を軽減し、経営に専念できる環境を整えることが可能になります。
本記事では、M&Aや事業承継を考える経営者の方に向けて、事業承継税制の基本的な内容、種類、そして利用する上でのメリット・デメリット、注意点を、どこよりも分かりやすく解説します。大切な会社を未来へつなぐために、この強力な制度の活用を検討する際の具体的なヒントを提供できれば幸いです。
1. 事業承継税制とは?その概要と目的
1-1. 制度の目的と基本的な仕組み
事業承継税制とは、非上場会社の株式や事業用資産を後継者が生前贈与または相続で取得した場合に、一定の要件を満たすことで、その自社株などにかかる贈与税や相続税の納税を「猶予」し、最終的には「免除」する制度です。
この制度の主な目的は、中小企業が後継者不足や高額な税負担によって廃業に追い込まれることを防ぎ、円滑な事業承継を通じて、日本経済の活性化と雇用の維持を図ることです。
基本的な仕組みは以下の通りです。
- 納税猶予の開始: 後継者が自社株式などを取得した際、通常発生する贈与税や相続税の納税が一時的に「猶予」されます。
- 継続要件の遵守: 納税猶予を受け続けるためには、後継者が事業を継続し、一定の雇用を維持するなど、様々な要件を満たし続ける必要があります。
- 納税の免除: 後継者が次の後継者へ事業を承継した場合や、一定の事由(後継者の死亡など)が発生した場合に、猶予されていた税金が「免除」されます。
1-2. 事業承継税制の種類:「法人版」と「個人版」、そして「一般措置」と「特例措置」
事業承継税制には、大きく分けて「法人版」と「個人版」があり、さらに法人版には「一般措置」と「特例措置」が存在します。
- 法人版事業承継税制:非上場会社の自社株式(議決権のあるもの)にかかる贈与税・相続税が対象となります。
- 一般措置:従来の制度です。対象株式数は発行済株式総数の2/3まで、贈与税の猶予割合が100%、相続税の猶予割合が80%といった制限があります。
- 特例措置(現行の主力):平成30年度(2018年度)の税制改正で創設され、令和9年(2027年)12月31日までの時限措置として、大幅に要件が緩和・拡充されました。
- 対象株式数: 上限が撤廃され、全株式(発行済株式総数の100%)が対象となります。
- 猶予割合: 贈与税・相続税ともに100%が猶予されます。
- 後継者: 原則1人だった後継者が、最大3人まで対象となります(要件あり)。
- 雇用要件: 承継後5年間の雇用維持要件(平均8割維持)が実質的に緩和されました。経営環境の変化で雇用を維持できない場合でも、認定支援機関の指導助言があれば猶予が継続可能です。
- 売却・廃業時の減免: 将来、M&Aや廃業をする際に株価が下落していた場合、その時点の株価で納税額を再計算し、差額が減免される制度も導入されました。
- 個人版事業承継税制:個人事業主が、事業用資産(土地、建物、機械装置など)を生前贈与または相続で取得した場合に、その贈与税・相続税が猶予・免除される制度です。こちらも特例措置があり、2028年12月31日までの適用期限があります。法人版と異なり、一般措置と特例措置の区分はありません。
本記事では、特に多くの中小企業に関わる「法人版事業承継税制の特例措置」を中心に解説します。
1-3. 適用を受けるための主な要件(会社・先代経営者・後継者)
事業承継税制の適用を受けるためには、会社、先代経営者、後継者のそれぞれが一定の要件を満たす必要があります。
- 会社の要件:
- 中小企業者であること(資本金基準、従業員基準などを満たす)
- 非上場会社であること(上場会社等、風俗営業会社、資産管理会社等ではないこと)
- 常時使用する従業員が1名以上いること など
- 先代経営者の要件:
- 会社の代表者を務めていたこと
- 原則として、贈与または相続の直前において、自社株式の筆頭株主であり、かつ親族等と合わせて議決権の過半数を保有していたこと
- 贈与の場合は、贈与時点で代表権を有していないこと(相続の場合は不要) など
- 後継者の要件:
- 贈与または相続のときに18歳以上であること(2022年4月1日以降の贈与・相続)
- 贈与または相続の直前において3年以上役員を務めており、贈与または相続後に会社の代表者となること
- 特例承継計画に記載された後継者であること
- 一定数以上の株式を取得すること など
これらの要件は非常に複雑であり、細かな規定も多いため、必ず税理士などの専門家と確認する必要があります。
2. 事業承継税制を利用するメリット
事業承継税制を活用することで、経営者と後継者の双方に大きなメリットがもたらされます。
2-1. 高額な相続税・贈与税の納税負担を大幅に軽減できる
最大のメリットは、何といっても自社株にかかる多額の税金が猶予・免除されることです。
- 贈与税・相続税100%猶予(特例措置):通常の相続や贈与では、自社株の評価額が高ければ高いほど多額の税金が発生し、後継者がその納税資金を確保するのに苦労するケースが少なくありません。事業承継税制(特例措置)を利用すれば、自社株にかかる贈与税・相続税のすべてが猶予されるため、手元の資金を税金ではなく、事業投資や運転資金に充てることが可能になります。これにより、後継者は安心して経営に専念できます。
- 最終的な納税免除の可能性:猶予された税金は、後継者が次の後継者へ事業承継した場合や、一定の要件を満たした場合は免除されます。これは、実質的に税金がかからないことを意味し、長期的な視点で見れば、事業承継の大きな助けとなります。
2-2. 早期の事業承継を促し、計画的な後継者育成が可能に
税負担への懸念が軽減されることで、先代経営者は「早く会社を譲りたい」という気持ちになりやすくなります。
- 後継者教育の時間確保:余裕を持った承継計画が可能となり、後継者が十分な知識と経験を積むための時間を確保できます。これにより、経営者の交代に伴うリスクを低減し、円滑な世代交代を実現できます。
- 事業の属人化解消:早期の承継準備は、創業者が持つノウハウや顧客との関係が属人化している問題を解消する良い機会となります。業務の標準化や情報共有を進めることで、後継者がスムーズに事業を引き継げる基盤を構築できます。
2-3. 事業の継続と雇用の維持に貢献
事業承継税制は、廃業の危機にあった中小企業が事業を継続し、従業員の雇用を守るための重要な制度です。
- 地域経済の活性化:中小企業の多くは、地域経済の重要な担い手です。事業が継続されることで、地域内での雇用が維持され、経済活動が活性化することに繋がります。
- 技術やノウハウの継承:長年培われてきた技術やノウハウが次世代に引き継がれ、会社の競争力や独自性が守られます。
2-4. M&Aとの選択肢の比較検討が可能に
事業承継税制の存在により、M&Aによる売却だけでなく、親族や従業員への承継という選択肢の魅力が高まります。経営者は、自社の状況や将来の展望に合わせて、より柔軟な事業承継戦略を検討できるようになります。
3. 事業承継税制を利用するデメリット・注意点
大きなメリットがある一方で、事業承継税制にはデメリットや注意すべき点も存在します。
3-1. 適用要件が複雑で手続きに手間がかかる
事業承継税制は、その適用要件が多岐にわたり、手続きも非常に複雑です。
- 「特例承継計画」の策定:特例措置の適用を受けるためには、原則として、承継を行う前に都道府県に「特例承継計画」を提出し、認定を受ける必要があります。この計画書作成には専門知識が求められます。
- 継続的な報告義務:納税猶予の開始後、5年間は毎年、その後も一定期間ごとに、都道府県や税務署に対し、事業の継続状況や雇用状況などを報告する義務があります。この報告を怠ると、猶予が取り消されるリスクがあります。
- 担保の提供:納税が猶予されている金額については、原則として担保を提供する必要があります。
3-2. 納税猶予が「取り消し」になるリスクがある
最も注意すべきは、一度適用された納税猶予が、将来的に取り消しになる可能性があることです。取消事由に該当すると、猶予されていた税金全額に加えて、多額の利子税も支払わなければなりません。
- 主な取消事由:
- 後継者が代表権を喪失した場合(原則)
- 後継者が株式を売却した場合(原則)
- 会社が廃業した場合
- 会社の資産が大きく変動した場合(資産管理会社に該当するようになるなど)
- 報告義務を怠った場合
- 雇用要件の緩和:特例措置では雇用要件が緩和されましたが、完全に撤廃されたわけではありません。5年間の平均で8割を下回った場合でも猶予は継続されるようになりましたが、理由報告書の提出や、認定支援機関の指導助言を受ける必要があります。
これらの取消事由に該当しないよう、承継後も継続して要件を満たし続けるための細心の注意と管理が必要です。
3-3. 経営の自由度が制約される可能性がある
納税猶予を受け続けるための要件を満たすため、M&Aなど、将来的な経営戦略に制約が生じる可能性があります。
- M&A(売却)の制限:納税猶予の対象となっている株式を第三者に売却した場合、原則として猶予が取り消され、多額の税金を支払うことになります。将来的にM&Aによる売却を検討する可能性がある場合は、慎重な判断が必要です。
- 事業内容の変更への制約:事業承継税制の要件を満たし続けるために、事業内容の大きな変更や、資産構成の変更が難しくなるケースも考えられます。
3-4. 専門家への費用が発生する
事業承継税制の適用手続きや、適用後の継続管理は非常に複雑なため、税理士、行政書士、弁護士などの専門家のサポートが不可欠です。これらの専門家への報酬も発生するため、その費用も考慮に入れる必要があります。
4. まとめ:事業承継税制は「諸刃の剣」、専門家との綿密な連携が鍵
事業承継税制は、中小企業の円滑な事業承継を強力に後押しする、非常に魅力的な制度です。特に法人版の特例措置は、税負担の軽減と早期承継を促す上で大きなメリットをもたらします。
- メリット: 多額の相続税・贈与税の納税猶予・免除、早期の計画的承継、事業継続・雇用維持への貢献。
- デメリット: 複雑な手続き、納税猶予の取り消しリスク、経営の自由度制約、専門家費用。
しかし、その一方で、複雑な要件や継続的な義務、そして納税猶予が取り消されるリスクといったデメリットも存在します。この制度はまさに「諸刃の剣」であり、その利用は慎重かつ計画的に進める必要があります。
事業承継税制の適用を検討する際は、必ず税理士をはじめとするM&A・事業承継の専門家と綿密に連携し、自社の状況に合った最適な承継スキームを構築することが何よりも重要です。専門家と協力し、メリットを最大限に享受しつつ、リスクを最小限に抑えることで、あなたの会社を未来へと力強くつなぐことができるでしょう。