「このままではいけない」という強い危機感を抱き、家業に戻ったアトツギ(後継者)が真っ先に考えがちなのが、最新のITツールを導入するDX(デジタルトランスフォーメーション)や、華々しい新規事業の立ち上げです。しかし、数十年続く老舗企業において、こうした「外側からの変化」をいきなり突きつけることは、組織の崩壊を招く劇薬になりかねません。
結論から申し上げます。老舗企業の改革は、システムや事業の前に、まず「組織の心理的安全性の確保」と「アナログな現場への敬意」から始めるべきです。
土壌が整っていない場所に新しい種を撒いても、芽が出る前に現場の拒絶反応によって枯れてしまいます。本記事では、老舗企業が持続可能な変革を遂げるために、どのような順序で改革を進めるべきか、その本質的なステップを解説します。
なぜ「いきなりDX・新規事業」は失敗するのか
最新のテクノロジーや市場トレンドを学んできたアトツギにとって、アナログな現場は非効率の塊に見えるかもしれません。しかし、そこには「失敗の罠」が潜んでいます。
現場の「成功体験」を否定してしまう
老舗企業の現場には、長年そのやり方で会社を支えてきたという自負があります。いきなり「これからはデジタルだ」と持ち込むことは、彼らのこれまでの人生や貢献を「古くて価値がないもの」と断じるように伝わってしまいます。感情的な反発を招いた状態では、どんなに優れたツールも活用されません。
組織の「基礎体力」が不足している
DXや新規事業は、不確実なものに挑戦する高いエネルギーを必要とします。しかし、多くの老舗企業は、日々の業務で手一杯であり、新しいことを受け入れる「余力」がありません。疲弊した組織にさらなる負荷をかければ、現場の離職やサービスの質低下を招くだけです。
目的(パーパス)が共有されていない
「なぜDXが必要なのか」「なぜ新規事業なのか」。その目的が社長の頭の中にしかなく、現場に浸透していない場合、社員にとってそれは単なる「追加の面倒な仕事」でしかありません。ベクトルが揃っていない状態でのアクセルは、組織の歪みを大きくするだけです。
ステップ1:徹底的な「現場の肯定」と「信頼の貯金」
改革の第一歩は、変えることではなく「知ること」、そして「認めること」から始まります。
現場の「職人芸」に耳を傾ける
まずは現場の最前線に入り、社員と同じ汗を流してください。彼らが何を大切にし、どこに誇りを持っているのかを徹底的にヒアリングします。数値化できない「こだわり」や「勘」の中にこそ、老舗企業が生き残ってきた真の強みが隠されています。
小さな「不便」を解消する
大きなDXの前に、現場が日常的に困っている小さな問題を解決します。「壊れかけた椅子を新調する」「複雑すぎる経費精算の紙を一枚減らす」。こうした「現場の味方である」という姿勢を具体的な行動で示すことで、少しずつ信頼の貯金が貯まっていきます。
過去へのリスペクトを言葉にする
「今までこのやり方で暖簾を守ってきてくれたことに感謝している」と、折に触れて言葉にしてください。過去を肯定されることで、社員は初めて「未来への変化」を検討する心の余裕を持ちます。
ステップ2:組織の「詰まり」を取り除く(アナログな整理整頓)
システムを入れる前に、今の業務フローそのものを整理する必要があります。混乱したままデジタル化しても、「混乱がデジタル化される」だけです。
「無意識の無駄」を可視化する
「昔からこうだから」という理由だけで続いている会議や報告書はないか、社員と一緒に棚卸しをします。ここではデジタルを使う必要はありません。ホワイトボードや付箋を使い、業務の流れを可視化するだけで、多くの「重複」や「不要な工程」が見えてきます。
コミュニケーションの「淀み」を解消する
部門間の対立や、情報が特定の人で止まってしまう「属人化」を解消します。お互いに何を考えているかわからない不信感を、対話を通じて取り除きます。風通しが良くなり、情報がスムーズに流れるようになることが、後のIT導入を成功させるための必須条件です。
整理・整頓・清掃(3S)の徹底
一見古臭い手法に見えますが、現場の環境を整えることは、社員の意識を変える最も強力な手段です。職場が綺麗になり、探し物の時間が減ることで、社員の心に「新しいことを取り入れる余裕」が生まれます。
ステップ3:経営理念(パーパス)の再定義と共有
組織の土壌が整い始めたら、ようやく「どこへ向かうか」という旗印を掲げます。
創業の精神を「翻訳」する
創業者が何を大切にしていたのか、その「核(コア)」を抽出します。そして、それを「現代の言葉」で再定義します。伝統を守ることは、形式を守ることではありません。創業の精神を、今の時代にどう体現するかを定義するのがアトツギの役割です。
「100年後の姿」を語り合う
「私たちが変わらなければならないのは、100年後の後輩たちにこの暖簾を繋ぐためだ」という長期的な視点を共有します。目先の利益のためではなく、自分たちの誇りを守るための変化であることを強調します。
全員を「改革の当事者」にする
トップダウンで決めるのではなく、社員と一緒に「わが社が5年後にどうなっていたいか」をワークショップなどで話し合います。自分たちの意見が反映されたビジョンであれば、社員はそれを自分事として捉え、自ら動き出します。
ステップ4:ここで初めて「守りのDX」と「小さな挑戦」
ようやく、ITツールや新規事業の出番です。ただし、ここでも「小さく、優しく」が鉄則です。
現場を楽にするための「守りのDX」
いきなりAIやビッグデータではなく、現場が「これは楽だ!」と実感できるものから導入します。例えば、手書きの伝票をタブレット入力に変えることで、後の集計作業が劇的に減るといった、直接的なメリットを感じられるものを選びます。DXは「管理のため」ではなく「現場の自由を増やすため」にあるべきです。
本業の「隣」にある小さな新規事業
本業を投げ出すような新規事業ではなく、本業の資産を活かした「少しだけ新しいこと」から始めます。例えば、BtoBの製造業が、その技術を使ってBtoCの小物をテスト販売してみる。既存の社員が「これなら自分たちの技術が活かせる」と思える領域から着手し、成功体験を作ります。
まとめ:改革の順番が「暖簾」の寿命を決める
老舗企業の改革において、スピードよりも大切なのは「順序」です。
- 現場を徹底的に肯定し、信頼関係の土壌を作る。
- アナログな業務整理を行い、組織の基礎体力を高める。
- 経営理念を再定義し、進むべき方向を全員で共有する。
- 現場を楽にするDXから着手し、小さな成功体験を積み重ねる。
急がば回れ。このステップを愚直に踏むことで、変化を拒んでいた古参社員は、あなたの最も頼もしいパートナーへと変わっていきます。
アトツギの仕事は、過去を壊すことではありません。
過去という重厚な土台の上に、新しい時代の価値を積み上げることです。
あなたの会社が持つ、他社には真似できない「歴史」という資産を最大限に活かすために。
まずは明日、現場の社員の横に座り、彼らの仕事のこだわりをじっくり聴くことから始めてみませんか。
