「創業以来の社是・社訓があるが、今の社員には言葉が難しすぎて伝わっていない」
「先代が大切にしてきた精神は守りたいが、これからの時代に合った新しい方向性も示したい」
「理念を変えることは、先代を否定することになるのではないか」
創業から数十年、あるいは百年以上続く老舗企業の経営者様、あるいは事業を承継された後継者様から、このようなご相談をいただく機会が増えています。歴史ある企業には、必ず創業の精神が宿る「社是」や「社訓」が存在します。それらは企業の背骨であり、長きにわたり組織を支えてきた誇るべき資産です。
しかし、時代の変化と共に、その言葉が持つ意味やニュアンスが現場と乖離し始めていることも事実ではないでしょうか。
結論から申し上げます。老舗企業こそ、今このタイミングで**「理念の再構築(リブランディング)」**に着手すべきです。
それは決して先代の否定ではありません。創業の精神を現代のビジネス環境に合わせて「翻訳」し、次なる100年へと組織を牽引するための**「進化」**なのです。
本記事では、なぜ今、老舗企業に理念の作り直しが必要なのか、その構造的な理由と、先代の想いを正しく継承しながら新しい理念へと昇華させるための要諦について解説します。
老舗企業が理念を作り直すべき3つの理由
歴史ある企業が直面している課題は、単なる「言葉の古さ」だけではありません。ビジネス環境や労働市場の激変により、従来の理念体系では機能不全を起こしているケースが散見されます。具体的には以下の3つの理由が挙げられます。
1. 「暗黙知」が通用しない組織構造への変化
かつての日本企業は、新卒一括採用で終身雇用が当たり前でした。同じ釜の飯を食い、長い時間を共有することで、明文化されていない「阿吽の呼吸」や「背中を見て学ぶ」文化が成立していたのです。社是が抽象的な言葉(例:「誠実」「和」など)であっても、文脈を共有しているため問題はありませんでした。
しかし、現在は雇用が流動化し、中途採用者や異なるバックグラウンドを持つ人材、あるいは外国人労働者が増えています。このような多様化した組織において、コンテキスト(文脈)に依存した抽象的な理念は機能しません。
「誠実」とは具体的にどのような行動を指すのか?
「お客様第一」とは、利益度外視で尽くすことなのか、それとも高付加価値を提供することなのか?
これらを言語化し、**誰が読んでも同じ解釈ができる「定義」**へと作り直す必要があります。
2. 採用市場における「選ばれる理由」の欠如
採用難の時代において、求職者は企業の「待遇」だけでなく「パーパス(存在意義)」を重視する傾向が強まっています。特にミレニアル世代やZ世代は、その企業が社会に対してどのような価値を提供しているのか、という問いに敏感です。
昭和の時代に作られた社訓には、「滅私奉公」や「根性」といった精神論が色濃く反映されているケースが少なくありません。これらをそのまま掲げ続けることは、現代の求職者に対して「古臭い」「ブラックそうだ」というネガティブな印象を与え、採用の機会損失(ミスマッチ)を招くリスクがあります。
創業の精神にある「勤勉さ」や「貢献心」といった本質的な価値を、現代の若者が共感し、ワクワクできる言葉へと**「アップデート」**することが不可欠です。
3. イノベーションを阻害する「過去の成功体験」の固定化
老舗企業にとって最大の敵は、皮肉にも「過去の成功体験」です。長年守られてきた理念が、いつの間にか「前例踏襲」や「現状維持」を正当化する口実として使われてしまうことがあります。
「うちは代々こうやってきたから」という言葉が、新規事業への挑戦やDX(デジタルトランスフォーメーション)の阻害要因になっていないでしょうか。
理念を作り直すことは、「変えてはいけないもの(DNA)」と「変えるべきもの(戦略・戦術)」を明確に区別する作業でもあります。守りの姿勢から、挑戦を称賛する攻めの文化へと組織OSを書き換えるために、理念の再定義が必要なのです。
先代の言葉をどう継承するか|「守破離」の再定義
理念を作り直すといっても、創業者の想いや歴史を捨てるわけではありません。むしろ、それらを深く理解し、現代語訳することが重要です。このプロセスは、武道や芸道の「守破離」に通じます。
ここでは、新旧の理念をどのように接続させるか、そのアプローチについて解説します。
「社是・社訓」と「MVV」の役割分担
まずおすすめしたいのが、先代の言葉(社是・社訓)は「創業の精神(スピリット)」としてそのまま残し、その上に現代の実践指針として「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)」を新たに策定する二段構えの構造です。
- 社是・社訓(Founder’s Spirit):
- 変えないもの。企業の起源であり、永続的な精神的支柱。神棚に飾るべき哲学。
- MVV(Management Policy):
- 時代に合わせて変えるもの。社是を現代社会で体現するための具体的な戦略・行動指針。現場で使うべき道具。
このように役割を分けることで、古参社員の「先代の言葉をなくすのか」という反発を招くことなく、実効性のある新しい理念体系を導入することができます。
文脈の「翻訳」作業
理念の再構築とは、創業者がその言葉に込めた真意を紐解き、現代のビジネス用語に変換する作業です。
例えば、ある老舗企業の社訓に**「損して得取れ」**という言葉があったとします。
これをそのまま現代の社員に伝えると、「安売りしろということか」「利益を無視しろということか」と誤解される可能性があります。
しかし、創業者の意図を深く掘り下げると、それは「顧客への初期投資(LTVの最大化)」や「信頼残高の積み上げ」を意味していたかもしれません。
そうであれば、新しいバリュー(行動指針)には、以下のように翻訳して落とし込むことができます。
- 旧:損して得取れ↓
- 新:目先の利益より、未来の信頼を選ぼう
このように、言葉の表面ではなく**「意味」を継承する**ことこそが、アトツギに求められる本来の役割と言えるでしょう。
まとめ:理念再構築は「第二の創業」である
老舗企業が理念を作り直すことは、単なる言葉遊びではありません。過去の歴史をリスペクトしながら、未来に向けて組織のベクトルを合わせ直す、極めて重要な経営判断です。
それはまさに、**「第二の創業」**と呼ぶにふさわしいプロジェクトです。
変わることを恐れず、しかし根幹にある精神は決して見失わない。この「不易流行」のバランス感覚を持って理念の再構築に取り組むことで、貴社は歴史の重みを武器に変え、次の時代も選ばれ続ける企業へと進化できるはずです。
