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経営録

2025.12.15

経営理念の正しい作り方【保存版】|アトツギが最初に着手すべき最強の戦略

「先代から事業を引き継いだが、組織全体に一体感が感じられない」

「新しい事業に挑戦したいが、社員の判断基準がバラバラでスピードが出ない」

「採用を行っても、自社のカルチャーに合う人材が集まらず定着しない」

事業承継を控えた、あるいは承継して間もない「アトツギ(後継者)」の皆様から、このようなご相談を頻繁にいただきます。組織改革、DXの推進、新規事業の立ち上げなど、経営者として取り組むべき課題は山積みでしょう。しかし、多くの後継者が直面するのは、戦略や戦術以前の「組織の求心力」や「目指すべき方向性の不一致」という根本的な課題です。

結論から申し上げます。アトツギが経営改革において最初に着手すべきは、Webサイトのリニューアルでも、最新ツールの導入でもありません。**「経営理念(ミッション・ビジョン・バリュー)の策定・再構築」**です。

なぜなら、経営理念こそが、先代の想いを継承しつつ新たな時代へと組織を導くための「羅針盤」であり、採用・営業・組織作りすべての根幹を成す「最強の戦略」だからです。

本記事では、単なるスローガンで終わらない、**「経営に直結し、組織を変革する経営理念の正しい作り方」**について、実務的な観点から解説します。

なぜ、アトツギにとって「経営理念」が最優先事項なのか

事業承継のタイミングで経営理念を見直すべき理由は、単に「代替わりしたから」という形式的なものではありません。経営における実利的なメリットが極めて大きいからです。具体的には、以下の3つの課題を根本から解決するために不可欠なプロセスと言えます。

1. 「判断基準」のアップデートと統一

多くの中小企業では、創業者の直感や経験則がそのまま会社のルールとなっているケースが散見されます。いわゆる「カリスマ経営」です。しかし、後継者が同じやり方を踏襲することは困難であり、時代にも適していません。

経営理念を策定することは、創業者の頭の中にあった暗黙知を形式知化し、「会社として何を良しとし、何を不可とするか」という判断基準を明確にすることです。これにより、後継者は自身の考えを論理的に組織へ浸透させることが可能となり、社員もまた、社長の顔色ではなく理念に基づいて自律的に行動できるようになります。

2. 「採用」におけるミスマッチの防止とフィルタリング

人手不足が深刻化する中、条件面(給与や休日)だけで大企業と競合するのは得策ではありません。中小企業が優秀な人材を獲得するための唯一の武器は、「誰と、何のために、どこを目指すのか」という思想(Why)への共感です。

明確な理念を掲げ、ありのままの企業文化を発信することで、その価値観に共鳴する「同志」を集めることができます。逆に言えば、理念に合わない人材を入り口でフィルタリング(選別)することが可能となり、入社後のミスマッチや早期離職を未然に防ぐ効果が期待できます。

3. 先代への敬意と自身の覚悟の表明

アトツギが陥りやすい失敗の一つに、先代のやり方を全否定して急激な改革を行い、組織の反発を招くケースがあります。

理念策定のプロセスにおいて、創業の精神や歴史(過去)を紐解き、そこへ後継者自身の意志(未来)を接続させることで、先代への敬意を示しながら、新しい時代の幕開けを社内外に宣言することができます。これは、古参社員の納得感を得ながら改革を進めるための、高度なコミュニケーション戦略でもあります。

機能しない理念と、機能する理念の決定的な違い

「経営理念なら、すでに額縁に入れて飾ってある」

そう思われた方もいるかもしれません。しかし、その理念は現場で機能しているでしょうか。社員一人ひとりがその意味を理解し、日々の業務における判断軸として活用できているでしょうか。

もし、耳障りの良いきれいな言葉が並んでいるだけで、実態とかけ離れているのであれば、それは「機能しない理念」です。組織を変えるために必要なのは、以下の3要素で構成された、実効性のある理念体系です。

経営理念を構成する「MVV」の定義

現代の経営において、理念は一般的に**「ミッション」「ビジョン」「バリュー(MVV)」**の3層構造で整理されます。

  • ミッション(Mission):存在意義
    • 「なぜ、我々はこの事業を行うのか?」という問いへの答え。企業の根本的な使命であり、社会に対する約束です。
  • ビジョン(Vision):目指すべき未来
    • ミッションを遂行した先にたどり着く、具体的な到達点。「いつまでに、どうなっていたいか」という未来像を指します。
  • バリュー(Value):行動指針・価値観
    • ビジョンを実現するために、社員一人ひとりが日々どう行動すべきか、何を大切にすべきかという具体的な基準です。

これらが一貫性を持ち、かつ現場レベルの行動にまで落とし込まれて初めて、理念は経営資源としての力を発揮します。

【実践編】経営理念の正しい作り方 4つのステップ

では、具体的にどのように理念を策定・再構築すればよいのでしょうか。机上の空論で終わらせず、組織に熱狂を生むためのプロセスを4つのステップで解説します。

ステップ1:「過去(原体験)」の棚卸し

新しい理念を作るからといって、ゼロから言葉を紡ぎ出す必要はありません。むしろ、企業の歴史の中にこそ、他社にはない独自性のヒントが隠されています。

まずは、創業者や古参社員へのヒアリング、あるいは後継者自身の幼少期の記憶などを通じて、以下の要素を徹底的に言語化します。

  • 創業者はなぜこの会社を立ち上げたのか?
  • 過去最大の危機をどう乗り越えたのか?
  • お客様から選ばれ続けてきた本当の理由(強み)は何か?
  • 後継者自身が「絶対に譲れない」と考える価値観は何か?

この「原体験」や「こだわり」こそが、ブランドの源泉となります。表面的なかっこよさではなく、泥臭い実体験に基づいた言葉でなければ、人の心は動きません。

ステップ2:未来への意志「ビジョン」の解像度を高める

次に、未来の話です。ミッション(使命)を遂行した先に、どのような景色を見たいのかを描きます。ここで重要なのは、**「抽象的なスローガンで終わらせない」**ことです。

例えば「地域一番の会社になる」というビジョンだけでは不十分です。「地域一番とは、売上のことか? 従業員満足度のことか? 認知度のことか?」と解釈が分かれてしまうからです。

  • 定量的なゴール: 売上高、店舗数、従業員数など
  • 定性的な状態: どのような顧客に、どのような価値を提供しているか

これらを明確にし、**「誰が見ても達成したかどうかが判断できる状態」**にまで解像度を高めることが重要です。これを私たちは「ビジョンマップ」のような形で可視化することを推奨しています。

ステップ3:行動を変える「バリュー」の策定

ビジョンを実現するために、今日から社員が具体的にどう動くべきか。これを「バリュー(行動指針)」として定めます。

ここでのポイントは、**「評価できるレベルまで具体化する」**ことです。「誠実であること」といった曖昧な言葉ではなく、例えば「バッドニュースこそ1分以内に報告する」「顧客の期待を1%でも上回る」といったように、行動の良し悪しが判定できる基準を設けます。

また、独自の「方程式」を作るのも有効です。例えば「提案数 × スピード = 信頼」のように、自社が大切にする勝ちパターンを数式化することで、社員の意識に深く刻み込むことができます。

ステップ4:運用・浸透(インナーブランディング)

理念は策定して完成ではありません。むしろ、そこからがスタートです。作った理念を「額縁」から出し、日々の業務に実装しなければなりません。

  • 評価制度への反映: 売上の数字だけでなく、「バリューを体現しているか」を評価項目に組み込む。
  • 採用基準への適用: スキルが高くても、理念に共感していない人材は採用しない(フィルタリング)。
  • 経営判断の軸: 新規事業や投資の判断において「それは理念に沿っているか?」を常に問いかける。

特にアトツギにとっては、**「理念に反する利益は追わない」**という姿勢を行動で示すことが、社員からの信頼(ブランド)を獲得する最短ルートとなります。

理念策定において注意すべき2つの落とし穴

多くの企業が理念策定に挑戦する中で、陥りがちな失敗パターンがあります。以下の2点には特に注意が必要です。

1. 全員一致を目指してしまう

「社員みんなで決めたい」という民主的なアプローチは一見素晴らしいですが、理念策定においてはリスクを伴います。多くの意見を取り入れようとすると、角が取れた当たり障りのない言葉になり、誰の心にも刺さらないものになってしまうからです。

船の行き先(ビジョン)を決めるのは、船長である経営者の責務です。社員の声を聴くことは重要ですが、最終的な意思決定は経営者が孤独に行う覚悟が必要です。**「全員に好かれる理念」ではなく、「共感する人とだけ熱狂できる理念」**を目指すべきでしょう。

2. 「見栄え」を優先してしまう

ホームページに掲載した際の見栄えを気にして、他社の模倣のような美しい言葉を並べてしまうケースです。しかし、実態の伴わない理念は、社員や顧客に対して「言っていることとやっていることが違う」という不信感(ミスブランディング)を生みます。

多少不格好でも、自社らしい「変な」言葉や、強い意志が込められた言葉の方が、結果として強力なブランドを形成します。

まとめ:経営理念は「投資」である

経営理念の策定は、手間と時間のかかる作業です。しかし、これをコストと捉えるか、投資と捉えるかで、企業の未来は大きく変わります。

明確な理念があれば、迷った時の判断スピードが上がります。

共感する人材が集まり、採用・教育コストが下がります。

社員のエンゲージメントが高まり、組織としてのパフォーマンスが向上します。

つまり、経営理念の策定は、中長期的に見て極めてROI(投資対効果)の高い経営戦略なのです。

事業承継という大きな転換期を迎えた今こそ、自社の存在意義を問い直し、新たな時代を勝ち抜くための「旗」を掲げる絶好の機会です。先代が築き上げた資産を守り、さらに発展させるために、まずは強い経営理念の構築から始めてみてはいかがでしょうか。