「うちみたいな田舎の会社でも、事業承継税制って使えるのかな?」
「都会の企業向けの話じゃないの?」
日本全国で後継者不足が深刻化する中、特に地方企業の経営者の皆さんは、その課題をより肌で感じているのではないでしょうか。親族に後継者がいない、優秀な社員が都会に出てしまう、地域の市場が縮小している…こうした背景から、会社を誰に、どうやって引き継ぐかという悩みは尽きません。そして、その大きな障壁の一つとなるのが、自社株(非上場株式)の承継にかかる高額な税金です。
しかし、ご安心ください。国が設けている**「事業承継税制」は、まさに地方企業を含む中小企業の円滑な事業承継を後押しするための強力な制度です。特に、平成30年度(2018年度)の税制改正で創設された「特例措置」**は、その適用要件が大幅に緩和され、これまで利用が難しかった多くの地方企業にもチャンスが広がっています。
本記事では、M&Aや事業承継を考える地方企業の経営者に向けて、事業承継税制(特例措置)の具体的な内容と、利用する上で特に地方企業が知っておくべきポイントを、どこよりも分かりやすく解説します。大切な会社と地域を守り、未来へつなぐために、この制度を最大限に活用するヒントとなれば幸いです。
1. 事業承継税制(特例措置)とは?地方企業が注目すべきポイント
事業承継税制(法人版・特例措置)は、非上場会社の自社株式を後継者が生前贈与または相続で取得した場合に、その株式にかかる贈与税や相続税の納税を100%「猶予」し、最終的に「免除」する制度です。この制度は、令和9年(2027年)12月31日までの時限措置として、より多くの企業が利用できるよう拡充されました。
1-1. なぜ地方企業にとって重要なのか?
事業承継税制のメリットは、特に地方企業にとって大きな意味を持ちます。
- 高額な税負担の解消: 地方の優良企業でも、株価が高く評価されると、後継者が納税資金を確保するのが困難になるケースが多々あります。この制度により、その大きな障壁を取り除くことができます。
- 親族外承継への道: 特例措置では、親族だけでなく、従業員など親族外の第三者も後継者として対象になります。これにより、親族に後継者がいない地方企業でも、社内の優秀な人材に会社を継がせる道が開けます。
- 事業継続と雇用維持: 廃業せざるを得なかった多くの地方企業が、事業承継税制を活用することで事業を継続し、地域での雇用を守ることができます。これは、地域経済の活性化にも直結する重要な要素です。
- 後継者育成の猶予: 税負担の不安が軽減されることで、創業者と後継者が事業承継の準備に集中でき、後継者の育成に十分な時間をかけられます。
1-2. 適用を受けるための主な要件(地方企業も基本は同じ)
事業承継税制の要件は全国共通ですが、地方企業が特に確認すべきポイントを交えて解説します。
- 会社の要件:
- 中小企業者であること: 資本金基準や従業員数基準を満たす必要があります。地方の多くの中小企業はこの基準に当てはまるでしょう。
- 非上場会社であること: 対象は非上場の中小企業です。
- 資産管理会社等ではないこと: 事業実態のないペーパーカンパニーや不動産管理が主な会社は対象外です。地方企業でも、不動産賃貸事業の割合が高い場合は注意が必要です。
- 常時使用する従業員が1名以上いること: 家族経営で従業員がいない場合は注意が必要です。
- 先代経営者(贈与者・被相続人)の要件:
- 代表権の保有(贈与時は解除): 相続の場合は直前まで代表者であったこと。贈与の場合は、贈与時点で代表権を有していないこと(後継者に代表権を譲ることが必須)。
- 筆頭株主・議決権の過半数保有: 贈与または相続の直前において、筆頭株主であり、親族等と合わせて議決権の過半数を保有していること。
- 後継者(受贈者・相続人)の要件:
- 年齢: 贈与または相続の時に18歳以上(2022年4月1日以降)。
- 役員経験と代表権の取得:
- 贈与または相続の直前において3年以上役員を務めていたこと。地方企業でも、後継者候補には計画的に役員経験を積ませておく必要があります。
- 承継後に会社の代表者となること。
- 筆頭株主・議決権の過半数取得: 承継後に単独で筆頭株主となり、親族等と合わせて議決権の過半数を保有すること。
- 特例承継計画への記載: 事前に都道府県に提出し、認定を受けた**「特例承継計画」に記載された後継者**であること。
2. 地方企業が事業承継税制を利用する上でのメリット
地方企業だからこそ享受できる、事業承継税制のメリットを詳しく見ていきましょう。
2-1. 後継者探しの選択肢が大きく広がる
- 「親族外後継者」の受け皿に: 地方では親族に後継者がいないケースが特に多いです。特例措置が親族外の後継者も対象としたことで、長年会社を支えてきた**従業員への承継(MBOなど)**を税負担を気にせず検討できるようになりました。これは、社員のモチベーション向上にも繋がります。
- U・Iターン人材の呼び込み: 「地元に戻って会社を継ぎたい」「地方で自分の力を試したい」というU・Iターン希望者が、税負担の軽減というメリットに魅力を感じ、後継者候補として浮上する可能性もあります。
2-2. 会社の魅力を高め、事業継続への意欲を向上
- 手元資金を事業投資に回せる: 税金に使うはずだった資金を、老朽化した設備の更新、DX推進、新規事業の立ち上げ、従業員の処遇改善など、会社の成長投資に充てられます。これにより、地方企業が抱える「資金不足」の課題を解消し、事業の魅力を高めることができます。
- 雇用維持による地域貢献: 後継者不足で廃業の危機にあった会社が存続し、従業員の雇用が守られることは、地域経済の安定と活性化に直結します。これは地方企業の存在意義を再確認する機会にもなります。
- 円滑なバトンタッチで企業文化を継承: 税制の活用により計画的な承継が可能になるため、創業者から後継者へ、時間をかけて会社の理念、文化、技術、顧客との関係性を丁寧に引き継ぐことができます。
2-3. M&Aとの比較検討がより現実的に
事業承継税制のメリットが大きくなったことで、地方企業の経営者は、会社を売却するM&Aと、親族や従業員に承継する事業承継税制活用という二つの主要な選択肢を、より現実的に比較検討できるようになりました。
- M&Aのメリット: まとまった売却資金が得られる、迅速な承継が可能。
- 事業承継税制のメリット: 税負担ゼロ(最終的に)、事業と雇用の継続、企業文化の維持。
どちらが自社にとって最適かは、創業者の引退後の生活設計、事業の将来性、従業員の状況などを総合的に判断して決めることになります。
3. 地方企業が事業承継税制を利用する上での注意点
大きなメリットがある一方で、地方企業が事業承継税制を利用する上で特に留意すべき点も存在します。
3-1. 複雑な手続きと専門家活用の重要性
- 手続きの煩雑さ: 「特例承継計画」の策定・提出、毎年・5年ごとの継続報告など、手続きは非常に複雑です。地方によっては、制度に詳しい専門家が少ないと感じるかもしれませんが、必ず税理士や行政書士、弁護士などの専門家に相談し、サポートを受けるようにしましょう。
- 認定支援機関の活用: 特例措置では、税務署への報告書提出時に「認定経営革新等支援機関」の指導助言を受けていることが求められます。地方の商工会議所や地元の金融機関、税理士事務所などが認定支援機関となっている場合が多いので、積極的に活用しましょう。
3-2. 納税猶予「取り消し」のリスクを理解する
地方企業の場合、経営環境の変化が都会よりも急激に起こる可能性があります。納税猶予が取り消されるリスクを常に意識しておく必要があります。
- 雇用要件への影響: 承継後5年間は雇用者数を平均8割維持する努力が求められます。地方では人口減少や若者流出が顕著なため、経営環境の変化で雇用維持が困難になる可能性もあります。ただし、特例措置では、やむを得ない理由があれば猶予は継続されるため、状況を正確に報告し、専門家の助言を得ることが重要です。
- 事業売却・廃業の制約: 将来的に事業の売却や廃業を検討する際、原則として猶予されていた税金を支払うことになります。特に地方では、事業の縮小や売却を余儀なくされるケースもゼロではないため、長期的な経営戦略に制約が生じる可能性を考慮しておく必要があります。
- 資産管理会社化のリスク: 会社の事業内容が変化し、不動産や有価証券の保有割合が高くなり、「資産管理会社」とみなされると、猶予が取り消されます。事業承継後も、事業実態を維持するよう注意が必要です。
3-3. 創業者の退職後の資金計画
事業承継税制は、会社を現金で売却するわけではないため、創業者は会社からまとまった売却対価を得ることはできません。
- 別途、資金計画が必要: 創業者は、自身の退職後の生活資金を、自社株以外の資産や退職金などで確保する必要があります。この点を考慮せず制度を利用すると、引退後の生活に困窮するリスクがあります。
4. まとめ:事業承継税制は、地方企業の未来を切り拓く強力な「希望」
日本の地方企業が抱える後継者不足は、地域経済の未来を左右する喫緊の課題です。その中で、事業承継税制は、高額な税負担という障壁を取り除き、親族にも社員にも、そしてM&Aにも頼れないと諦めていた地方企業の経営者にとって、まさに「希望の光」となりうる強力な制度です。
- 税負担の劇的軽減: 自社株の贈与税・相続税100%猶予(最終免除)は、後継者の重荷を大幅に減らす。
- 親族外承継の道を開く: 社内の優秀な人材に会社を継がせる現実的な選択肢を提供。
- 事業継続と地域活性化に貢献: 会社の存続が、地域経済と雇用を守ることに直結する。
- 要件の複雑さと取消リスク: 専門家のサポートが不可欠であり、承継後も継続的な要件遵守が必要。
- 経営の自由度への影響: 将来的なM&Aや事業変更に一部制約が生じる可能性も考慮。
地方企業の経営者の皆さん、この事業承継税制を「難しそうだから」と敬遠するのではなく、まずはその内容を正しく理解し、信頼できる専門家(税理士、M&Aアドバイザーなど)に相談することから始めてみてください。あなたの会社と地域を未来へつなぐために、この強力な税制を最大限に活用し、新たな一歩を踏み出しましょう。