「事業を引き継ぐ覚悟は決めた。けれど、数億円の借金の保証人になるのは、どうしても足がすくむ」
「もし経営に失敗したら、自分だけでなく家族の人生も終わってしまうのではないか」
事業承継という大きな決断を下すアトツギ(後継者)にとって、最も生々しく、かつ心理的な高い壁となるのが「経営者保証(個人保証)」の継承です。先代が命がけで守ってきた会社とはいえ、その負債を個人の身一つで背負う恐怖は、経験した者にしかわかりません。
結論から申し上げます。現在、国の方針や「経営者保証ガイドライン」により、事業承継時の個人保証は「必ずしも引き継がなくて良い」時代へと変わっています。
保証の恐怖に怯え、挑戦を諦める必要はありません。本記事では、アトツギが直面する個人保証の正体と、銀行との正しい交渉術、そして保証解除に向けた具体的なロードマップを解説します。
なぜアトツギにとって個人保証は「恐怖」なのか
個人保証とは、会社が借金を返せなくなった際、経営者個人が私財(自宅や貯金)を投げ打ってでも返済することを約束するものです。
1. 人生を「担保」にされる精神的重圧
事業承継後の経営には、外部環境の変化や予期せぬリスクがつきものです。失敗が即「個人の破産」に直結する環境下では、大胆な投資や変革は困難になります。この精神的重圧は、アトツギの創造性を奪い、保守的な判断を強いる「見えない枷」となります。
2. 家族の未来を巻き込むリスク
経営者個人だけでなく、その配偶者や子供たちの生活基盤までが、会社の業績一つに委ねられてしまいます。この「家族への責任感」こそが、アトツギが保証判を押す際に最も葛藤するポイントであり、承継そのものを躊躇させる最大の要因です。
3. 先代との関係性の悪化
「自分が継ぐなら保証は外してほしい」という要求を、先代が「自分を信頼していない」「会社から逃げようとしている」と受け取ってしまうケースがあります。お金の問題が、親子関係という感情の問題にすり替わり、対話を困難にさせます。
「経営者保証ガイドライン」を知る|時代は「保証なし」へ
かつては「社長が保証人になるのは当たり前」という商習習がありました。しかし、それが事業承継を阻害しているとして、2014年に「経営者保証に関するガイドライン」が策定されました。
保証を外すための「3つの要件」
銀行が個人保証を外す、あるいは引き継がないことを認めるための指標は、主に以下の3点に集約されます。
- 法人と個人の分離: 会社の経理と経営者個人の資産が明確に分けられていること(公私混同がない)。
- 財務基盤の強化: 借入金を返済できるだけの十分な収益力があり、自己資本比率がある程度保たれていること。
- 透明性の高い情報開示: 銀行に対して、定期的かつ正確な決算報告や事業計画の説明が行われていること。
これらを満たしていれば、理論上は「個人保証なし」での融資が可能です。アトツギはこのルールを武器に、銀行との対等な交渉に臨む必要があります。
銀行との正しい付き合い方|交渉を有利に進める戦略
銀行員は「リスク」を嫌うプロです。単に「怖いから外してほしい」と言っても聞き入れてもらえません。彼らを納得させる「ロジック」を提示しましょう。
1. 銀行担当者を「敵」ではなく「味方」にする
銀行員もまた、ノルマや本部からの審査基準の中で動いています。彼らが本部に「この会社は保証を外しても大丈夫です」と報告しやすい「材料」をこちらから提供する姿勢が重要です。対立するのではなく、共に課題を解決するパートナーとして接してください。
2. 「経営計画書」で未来の収益性を見せる
過去の決算書は変えられませんが、未来の計画は提示できます。アトツギならではの視点で、「どうやって利益を出し、借金を返していくか」を具体的に示した中期経営計画書を作成してください。数字に基づいた熱意こそが、銀行の信頼を勝ち取る最短ルートです。
3. 「専門家」を同席させる
税理士や中小企業診断士など、第三者の専門家を交えて交渉に臨みましょう。経営者保証ガイドラインに精通したプロが同席することで、銀行側も安易な「慣習としての保証」を求めにくくなります。客観的な視点を入れることで、議論を感情論から実務論へと引き戻せます。
個人保証解除への具体的なロードマップ
今すぐ解除できなくても、数年かけて「保証なし」の状態を目指すことは可能です。アトツギが歩むべきステップを整理します。
ステップ1:公私混同の徹底排除
まず、会社から個人への貸付金や、個人資産を会社が利用しているなどの不透明な関係を解消してください。「法人と個人は別の人格である」ことを数字で証明することが、すべてのスタートラインです。
ステップ2:財務内容の「健康診断」
自己資本比率を高め、キャッシュフローを安定させるための経営改善を行います。不採算部門の整理やコスト削減など、「この会社は、社長の個人資産を頼らなくても自立している」状態を目指します。
ステップ3:保証免除特約付きの融資への切り替え
新規の借入や借り換えのタイミングを狙います。近年では「事業承継特別保証制度」など、一定の要件を満たせば保証料を上乗せすることで個人保証を免除できる制度も充実しています。まずは「一部の借入から外す」ことから始め、実績を作ります。
ステップ4:先代との「対話」と「覚悟の共有」
先代に対しても、「保証を外すことは、会社が社会的公器として自立することである」と説得しましょう。これは先代の人生を否定することではなく、先代が築いた会社をより強固なものにするための「進化」であることを共有します。
まとめ:その恐怖は、会社を「筋肉質」にするチャンス
個人保証の恐怖は、あなたが真剣に自分の人生と会社の未来を考えているからこそ生じるものです。
- 「経営者保証ガイドライン」を理解し、保証は外せるという確信を持つ。
- 銀行に対して透明性の高い経営を公開し、信頼という担保を築く。
- 収益力を高めることで、会社を個人から「自立」させる。
個人保証の解除を目指すプロセスそのものが、自社の経営課題を浮き彫りにし、組織を強くします。つまり、保証を外そうと格闘することは、そのまま「優秀な経営者」への成長プロセスなのです。
あなたは一人ではありません。専門家や公的機関を積極的に活用し、法外な重圧から自分自身を解放してください。
あなたが保証という鎖を解き放ち、晴れやかな気持ちで経営に集中できるようになったとき、会社にはこれまで以上の挑戦的な活力が生まれるはずです。
まずは、自社の決算書を手に、「経営者保証ガイドライン」の要件をどこまで満たしているかチェックすることから始めてみませんか?
