「先代である父が亡くなり、会社を継ぐことになった。しかし、試算された相続税額を見て愕然とした。とても自己資金では払えない…」
「会社は順調なのに、手元に現金がない。このままでは会社を手放すしかないのか…」
会社の相続に直面したとき、多くの後継者がこのような「相続税が払えない」という絶望的な壁に突き当たります。大切に守ってきた会社を、税金が原因で失うかもしれないという恐怖は計り知れません。
しかし、結論から申し上げます。まだ、打つ手はあります。
この記事では、万が一「相続税が払えない」という事態に陥ってしまった場合の緊急対処法と、そもそもそうした事態を防ぐための究極の予防策について、専門家の視点から徹底的に解説します。
なぜ「会社の相続税が払えない」という悪夢が起きるのか？
この問題の根深さを理解するために、まず3つの根本原因を知る必要があります。
原因1：利益が出ているのに現金がない「黒字倒産」ならぬ「黒字相続破産」
会社に利益が出ていて決算書の上では「黒字」であっても、その利益が設備投資や在庫などに形を変えており、会社にも経営者個人にも納税に充てる現金が不足しているケースは非常に多いです。これが、いわば「黒字相続破産」とも呼べる事態を引き起こします。
原因2：自社株の評価額が「時価」ではなく「相続税評価額」であるという罠
非上場株式である自社株には、市場価格がありません。そのため、相続税を計算する際には、国税庁が定めた複雑なルール（相続税評価額）に基づいて株価を算出します。この評価額が、経営者の肌感覚としての「会社の価値」をはるかに上回り、予想外に高額な相続税が課されることが少なくないのです。
原因3：先代経営者の準備不足
最も大きな原因は、やはりこれに尽きます。多くの経営者が日々の経営に追われ、自身の相続、特に納税資金対策まで手が回っていないのが実情です。元気なうちに適切な対策を講じていれば防げたはずの事態が、準備不足によって後継者を絶望の淵に追い込んでしまうのです。
【相続発生後】万策尽きた…その時に検討すべき5つの緊急対処法
すでに相続が発生し、納税期限が迫っている。そんな絶体絶命の状況で検討できる、5つの緊急対処法をご紹介します。ただし、それぞれに条件やリスクがあることを念頭に置いてください。
対処法1：【分割払い】延納制度を利用する
相続税を一括で納付することが困難な場合に、一定の要件のもと、年賦（分割）で納付することを認めてもらう制度です。担保の提供が必要となり、期間中は利子税（金利）がかかりますが、一括納付の負担を軽減できる可能性があります。
対処法2：【モノで納付】物納制度を利用する
延納によっても金銭での納付が困難な場合に、相続した財産そのもの（不動産や株式など）で税金を納める制度です。ただし、物納できる財産には優先順位があり、自社株（非上場株式）は優先順位が低く、簡単には認められないのが実情です。最終手段の一つとされています。
対処法3：【資金調達】金融機関から納税資金を借りる
後継者個人が、金融機関から納税資金として融資を受ける方法です。会社の経営権を守るためには有効な手段ですが、当然ながら返済義務が生じます。後継者の役員報酬から返済していくことになるため、将来の経営や個人のライフプランに大きな影響を及ぼす可能性があります。
対処法4：【会社に助けてもらう】自己株式の取得（金庫株）を活用する
後継者が相続した自社株を、会社自身に買い取ってもらう方法です。これにより後継者は納税資金を得ることができます。相続発生から3年10ヶ月以内などの一定の要件を満たせば、税務上の特例を受けられる場合がありますが、注意点も多い手法です。
対処法5：【最終手段】第三者へ株式を売却する（M&A）
どうしても納税資金が捻出できず、会社の経営権を維持することが困難な場合の最終手段です。会社を信頼できる第三者に売却（M&A）し、その売却代金で納税します。経営権は手放すことになりますが、会社事業と従業員の雇用を守るための選択肢となり得ます。
知っておくべき各対処法の限界とリスク
これらの緊急対処法は、あくまで「その場をしのぐ」ためのものです。それぞれに厳しい条件や無視できないリスクが存在します。
延納・物納は「伝家の宝刀」ではない！厳しい要件とデメリット
延納や物納は、誰もが簡単に使える制度ではありません。担保の提供や、金銭での納付が困難であることの証明など、税務署が定める厳しい要件をクリアする必要があります。また、延納には決して低くない利子税がかかり、総支払額は一括で納めるよりも高くなります。安易に頼れる制度ではないことを理解しておくべきです。
借り入れが将来の経営を圧迫する可能性
金融機関からの借り入れは、将来にわたって重い返済負担を後継者に課します。会社の業績が悪化すれば返済が滞り、最悪の場合、個人破産に追い込まれるリスクもゼロではありません。会社の成長のために使うべき資金が、借金返済に消えていくことにもなりかねません。
自己株式取得で注意すべき「みなし配当課税」のリスク
会社に株式を買い取ってもらう自己株式の取得は、一見すると有効な手段に見えます。しかし、税務上の特例の適用を誤ると、株式の売却益に対してではなく、買い取りの対価全体に高額な税金（みなし配当課税）が課される危険性があります。専門家の助言なしに実行するのは非常に危険です。
【究極の対策】「払えない」と言わないための生前準備こそが最善手
ここまで見てきたように、相続発生後の対策には限界とリスクが伴います。本当に会社と後継者を守るためには、先代経営者が元気なうちに「納税資金で困らない仕組み」を作っておくこと、つまり「生前対策」が不可欠です。
対策の王道：生命保険で「現金」を準備する
最も有効かつ確実な方法の一つが、経営者を被保険者とする生命保険の活用です。死亡保険金は、受取人である後継者が現金で受け取れるため、そのまま納税資金に充てられます。また、保険金は遺産分割の対象外であり、非課税枠もあるため、他の相続人とのトラブル回避にもつながる「一石三鳥」の対策です。
そもそも税金を下げる：計画的な株価対策
退職金の支給や不動産の購入など、合法的な手法を用いて計画的に会社の利益を圧縮し、株価評価額そのものを引き下げる対策です。税額算定の基礎となる株価が下がれば、当然、納めるべき相続税も少なくなります。これは専門的な知識を要するため、税理士との連携が必須です。
税金そのものをなくす：事業承継税制（特例措置）の活用
一定の要件を満たせば、自社株にかかる相続税の納税が100%猶予・免除される非常に強力な制度です。手続きは複雑ですが、この制度を活用できれば、納税資金の問題は根本から解消されます。利用を検討しない手はありません。
長期的な視点で：計画的な生前贈与
相続で一度に株式を渡すのではなく、暦年贈与などを活用して、長い時間をかけて少しずつ後継者に株式を贈与していく方法です。これにより、相続財産そのものを減らし、将来の相続税負担を軽減することができます。
まとめ：絶望の淵から会社を救うのは「事前の準備」と「専門家の知恵」
会社の相続税が払えないという事態は、まさに後継者にとっての悪夢です。しかし、相続発生後であっても、延納や物納、借り入れといった選択肢は残されています。
ただし、それらはあくまで対症療法に過ぎず、リスクも伴います。
本当の意味で会社と家族を守るための最善の策は、先代経営者が元気なうちに、生命保険の活用や株価対策、事業承承継税制の検討といった「生前対策」を計画的に実行することに尽きます。
会社の相続は、経営者一人の問題でも、後継者一人の問題でもありません。会社に関わる全ての人々の未来を左右する、極めて重要なプロジェクトなのです。
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