1. はじめに
人は経験を積むほど、プライドが高くなりがちです。
特に企業においては、ベテラン社員や管理職クラスになるほど「下手な失敗はできない」「カッコ悪いところを見せたくない」という気持ちが働いてしまいます。しかし、この心情が組織全体を保守的にし、挑戦やイノベーションを阻む原因になることは少なくありません。
逆に“ベテラン社員こそ恥をかける組織”は強いと言えます。新しい企画やリスクある施策を怖がらずに提案し、自分の失敗を隠さずにさらけ出すようなベテランが存在すると、組織の空気はどうなるでしょう? 若手や中堅も「自分もやってみよう」とモチベーションを高め、社内に挑戦のカルチャーが根づくはずです。
2. なぜベテランほど失敗を恐れるのか?
2-1. プライドの蓄積
ベテラン社員は、長年培ってきたスキルや実績、周囲からの評価を背負っています。新入社員や若手のころは素直に「わからない」と聞けたかもしれませんが、キャリアを重ねるほど「こんな基本的なことを今さら聞くのは恥ずかしい」と感じてしまうものです。
結果として、「下手な挑戦をして失敗し、周囲からの信頼や評価を落とすのが怖い」という心理が働き、行動が保守的になります。
2-2. 昔の成功体験が足かせになる
若いころに大きな成果をあげたり、自分なりのやり方で成功を収めたりした人ほど、古い成功体験に縛られやすくなります。「この方法が自分のスタイル」「昔はこれでうまくいった」という意識が強いと、新しいツールや手法に対して抵抗が大きくなるのです。
また、部下からの提案に対しても「昔やってみたけどダメだった」「これより効率が良い方法を知っている」と拒否反応が起きやすい。挑戦するより、「いままでの実績を守りたい」と考える方がリスクが少ないと感じるわけです。
2-3. 失敗がすべてを否定するように感じる
ベテランは、自分が積み上げてきたキャリアや自信を土台に仕事をしています。そのため、一度の失敗が「これまでやってきた自分のやり方や経験」をすべて否定するような気になり、怖くなってしまうのです。たとえば、新しいプロジェクトに取り組んで大きなミスをしたら、「もう自分は通用しないのでは?」と落ち込み、さらに守りに入る──という悪循環に陥ることもあります。
3. ベテラン社員が失敗できない組織の問題点
3-1. 上に立つ人がリスクを取れない
組織内で意思決定権を持つベテランや管理職層が「失敗したくない」「プライドを傷つけたくない」と考えていると、新しい提案やプロジェクトへのゴーサインが出づらくなります。上層部が常に「安定」「確実」を求めるため、イノベーションに不可欠なリスクテイクができなくなるのです。
3-2. 挑戦の空気が薄れる
若手や中堅社員は、上司の姿を見て学びます。「あの部長や課長でさえ、あまりチャレンジしない」「新しいことをしようとすると、先輩に怒られる(あるいは冷淡な態度を取られる)」という空気が伝われば、自然と全体が「何も新しく始めないほうが無難」と考えるようになるでしょう。
結果として、組織全体が保守的になり、成長や革新が停滞します。
3-3. 若手の成長機会が奪われる
ベテランが失敗を恐れて守りに入ると、若手や中堅の挑戦も支援しづらくなります。なぜなら「自分が失敗したくない」「リスクをとりたくない」上司は、部下の失敗も望まないからです。「しくじったら責任を負うのは上司」というメンタルから、「それなら最初から安全策だけにしよう」と部下のアイデアを封殺することになります。
若手が挑戦し、時には失敗しながら学ぶ機会が奪われれば、組織の将来を担う人材の成長を妨げることにもなりかねません。
4. 「恥をかける」ベテラン社員がいる組織の強さ
4-1. 失敗が当たり前の文化が育つ
「恥をかける」ベテランとは、言い換えれば「自分のミスや失敗をオープンにできる」ベテランです。こうした人が上層部にいると、「たとえベテランでもやってみて失敗するのは普通のこと」「間違いは隠さないで、次の成功に活かそう」というカルチャーが自然に醸成されます。
部下たちは、「上司が恥をかいているのを見て、むしろ尊敬できる」と感じるようになり、自分も積極的に挑戦しやすくなるでしょう。
4-2. 組織に謙虚さが生まれる
失敗をさらけ出すベテランは、自分のやり方や考え方に固執しない姿勢を示しています。これにより、若手の意見や新しい手法に対してもオープンでいられる可能性が高い。そこから組織全体が謙虚になり、常に「もっと良い方法はないか」「他社や業界外の事例を取り入れられないか」と学び続けるカルチャーが育つのです。
4-3. 信頼と心理的安全性が高まる
失敗を恐れず恥をかけるベテランは、周囲から見て「言ってることとやってることが一致している」「隠しごとがない」という安心感を与えます。上司が偉ぶらず、部下に対してもミスを許容する態度を取るなら、部下は「この人の下でなら色々チャレンジできそうだ」「失敗してもきっと一緒に考えてくれる」と思うでしょう。
こうした信頼感や心理的安全性が組織の連帯感を高め、新たなアイデアや変革を促す大きな力となります。
5. どうやって「恥をかける」カルチャーを育てるか
5-1. トップ(経営層)が率先して失敗事例を共有する
組織のカルチャーを変える第一歩は、経営者や上層部が“失敗事例”をオープンにすることです。例えば、社内で定期的に経営会議や全体会議があるなら、経営層自身の失敗談や学んだことを公に発信してみてください。
「実は新規事業Xでこれだけの予算をかけたが、結果は失敗だった。でもここから学べたことがある」
といった率直な話があれば、社員たちは「失敗しても大丈夫なんだ」「社長や役員もそうなんだ」と思いやすくなります。
5-2. ミスを責めるより、次のアクションを問う
ベテランの失敗に限らず、社員がミスをしたときに「誰のせいか」を追及する文化だと、誰もが失敗を隠そうとします。そうではなく、「次はどうすればうまくいくか?」に焦点を当てて話し合う風土をつくることが重要です。
例えば、失敗した人に対して「どうして失敗したんだ!」と責めるのではなく、「この失敗からどんな原因が見えてきた? 次に成功させるには何が必要だろう?」とポジティブに問題解決へ導くよう働きかける。そのうえで、上司やベテラン自身も「じつは自分も同じ失敗をしたことがある」と共有すれば、恥をかくことが“コミュニケーションの潤滑油”になるかもしれません。
5-3. 「学び」を評価・報酬に結びつける
人は「評価されない」「認められない」ことにはモチベーションが湧きにくいものです。そこで、失敗や挑戦から得た学びを評価・報酬の一部とする制度を導入するのも手です。例えば、
- 失敗したプロジェクトの振り返りを社内共有し、学びが社内に広がった
- 新たなアイデアを提案し、結果は不発だったが組織の知見が増えた
- 失敗の原因を潰して、次のプロジェクトがスムーズに進んだ
といった貢献度を、一定の評価ポイントや表彰制度で取り扱うと、社員は失敗を恐れずに挑戦しやすくなります。
5-4. 若手に挑戦させるとき、ベテランも一緒に学ぶ
若手がプロジェクトをリードする際、ベテランが「相談役」や「サポーター」として参加しながら失敗に立ち会うやり方も効果的です。若手が新しいやり方を試して失敗した場合、ベテランは「こんなことで失敗するとは思わなかったな」「なるほど、ここが難しいのか」と気づきを得るチャンスになります。
そこから「自分も勉強不足だな」「若手のやり方をもっと理解しておけばよかった」と恥をかく場面も生まれますが、その“恥”が次の成長の原動力になるのです。
6. 「恥をかける」ベテラン社員の具体例(ストーリー仕立て)
以下は、架空の事例ですが、「恥をかく」ベテランがどのように組織を変えられるかイメージしやすくするために紹介します。
6-1. 部長Aの挑戦
Aさんは、入社30年で部長職に就いており、社内では“自分のスタイル”を貫いてきました。長く営業畑で活躍し、大きな契約を何度も取ってきたレジェンド的存在。しかし近年、SNSやオンライン営業など新しい手法が必要になってきた局面で、Aさんは戸惑いを覚えます。
- Aさんの決断
社内で「SNSによる集客プロジェクト」を立ち上げることに。自分はSNSなどやったことがないし、下手に若手に指示してもうまくいかなかったら恥ずかしい……と躊躇する気持ちがあるものの、あえて「これからの時代、私も勉強したい」と言葉に出して、社内に宣言する。 - プロジェクト開始
新卒2年目のBさんを中心にチームを組み、AさんもSNSアカウントを作ってみる。最初は投稿の仕方もわからず、絵文字の使い方一つにしても若手に教わる毎日。Aさんが慣れない操作でミスを連発すると、若手が笑顔で「こういうやり方がいいですよ」とサポートしてくれる。
Aさんは「いや~、自分がこんなことで恥をかくとは思わなかったよ」と素直に口に出し、それを恥じるどころか楽しむ姿勢を見せる。 - 周囲の変化
部下たちは「部長があんなに苦労してるなら、自分も頑張ろう」と思い始める。特に若手Bさんは「部長に教える立場になるなんて、ちょっと嬉しい」とモチベーションが上がる。
一方で、別のベテランCさんも「実は私も新しいシステム導入で躓いてたんだよね……」とオープンに相談するようになる。こうして少しずつ、社内に「できないことを隠さずオープンにする」空気が生まれる。 - 成果
SNS集客は最初こそ反応が薄かったが、Aさんの素人感が逆に“親しみやすい”として話題になり、徐々にフォロワーが増える。結果として売上に直結する新しい顧客が獲得でき、会社としては大きな成功へ。
Aさんは「恥をかいたが、そのおかげで新しい世界が見えた」と語り、それを聞いた他部署のベテラン社員も次々に“恥をかいてみよう”とアクションを開始する。組織全体が「失敗OK、学べばOK」という雰囲気に変わっていく。
7. ベテラン社員自身ができること
7-1. 過去の成功体験との“決別”を認める
自分がこれまで培ったノウハウややり方が、必ずしも現在・未来に通用するとは限りません。ベテランとして大切なのは、「今までのやり方が絶対ではない」と認める勇気です。過去の成功体験を否定するのではなく、時代や環境が変われば新たなメソッドを学ぶ必要がある、と理解しておきましょう。
7-2. 若手や部下に教わる姿勢
「教える側」であったベテランが、あえて「教わる側」に回るシーンを作るのは大きな意義があります。新人に初歩的なことを聞くのは抵抗があるかもしれませんが、むしろ恥をかくこと自体が、部下との信頼を深めるチャンスになり得ます。
「こういうの苦手なんだよね。教えてくれる?」と素直に聞けるベテランは、部下から見ると非常に好感度が高いものです。
7-3. 失敗を“隠す”のではなく“ネタ”にする
失敗を恐れる最大の理由は「恥ずかしい」「評価が下がる」であるため、そこを逆手に取り、「むしろみんなが笑ってくれるなら良い」と考えてしまうのも一手です。失敗やミスをネタにして社内コミュニケーションを盛り上げるベテランがいれば、組織の雰囲気はかなり変わるでしょう。
「恥ずかしいミスをしたなあ……でもこれのおかげで、うちのチームは盛り上がったし、次の対策もばっちり取れた」とポジティブに捉えることで、自他共に成長を促せます。
8. まとめ:恥をかけるベテランが組織を活性化する
ベテラン社員ほど、積み上げてきたプライドや過去の成功体験が重荷となり、新しい挑戦やリスクテイクをしづらいものです。しかし、そこをあえて「恥をかける」姿勢に切り替えれば、組織にさまざまな好循環が生まれます。
- ベテランが失敗やミスをさらけ出す
→ 組織全体に「失敗は当たり前」「挑戦するのが大事」というカルチャーが育つ - 若手や中堅がベテランをサポートする機会が増える
→ 互いに教え合う関係が生まれ、心理的安全性が高まる - 保守的な空気が払拭され、イノベーションが起こりやすい
→ 会社全体に活気が出て、結果として成果や売上にも結びつく
もし今、あなたの組織がどこか閉塞的で、新しい一歩を踏み出せずにいるなら、まずは社内のベテラン社員(もしくは自分自身)が「恥をかく」ことをやってみてはいかがでしょうか。具体的には、若い社員にあえて教えを乞う、新規プロジェクトに自ら飛び込んでみる、失敗談をみんなの前で語る──といった些細なアクションでもOKです。
組織文化は、一人ひとりの行動が積み重なって形成されます。恥をかく姿勢を示す人が一人でも現れれば、それを見た周囲の意識が変わり始め、いつしか挑戦が当たり前の風土が生まれていくのです。“ベテラン社員が恥をかける組織は強い”という言葉が示すように、失敗やミスへの寛容さと挑戦意欲こそが、今後の企業競争力を支える大きな要因になるでしょう。