「愛の鞭のつもりだったが、パワハラと言われてしまった」
「厳しく指導したいが、ハラスメントを恐れて何も言えなくなっている」
「部下の成長を願って叱ったのに、翌日から出社しなくなってしまった」
管理職や経営層から、こうした悲鳴にも似た相談が後を絶ちません。昭和から平成初期にかけて当たり前だった「熱血指導」や「厳しい叱責」は、現代の令和社会では通用しないばかりか、組織を破壊するリスクへと変貌しました。
結論から申し上げます。「指導」と「ハラスメント」を分けるのは、上司側の熱意や意図ではなく、受け取り手である部下の「尊厳」が守られているかという客観的な事実です。
熱意があるから何を言っても許される時代は終わりました。しかし、ハラスメントを恐れて指導を放棄することは、組織の成長を止めることと同義です。本記事では、令和時代における正しい指導のあり方と、ハラスメントと言われないための明確な境界線について解説します。
昭和の成功体験が「令和のハラスメント」に変わる構造
かつては「厳しさ=愛情」という図式が成立していました。しかし、社会構造や若手の価値観が変化した今、過去の成功体験に固執することは極めて危険です。
1. 「期待しているから厳しくする」が届かない理由
昭和の時代、会社は「終身雇用」を前提とした疑似家族のような存在でした。上司の厳しさは「将来、一人前に育てるための投資」として、部下側もある種の納得感を持って受け入れていました。
しかし現代は、転職が当たり前の流動的な社会です。部下にとって会社は「スキルを磨く場」や「人生の一部」であり、人格を否定されるような厳しさを受け入れる対価としての「一生安泰」という保証はもはや存在しません。
2. 「背中を見て覚えろ」の限界
「昔は自分もこうやって怒鳴られて育った」という理屈は、現代では「教育の怠慢」と見なされます。情報の透明性が高い現代では、論理的で具体的な説明がないまま、感情的な圧力をかけることは、単なる「優越的な地位の乱用」と捉えられます。
3. ハラスメントに対する「法規」と「感度」の変化
2020年のパワハラ防止法(労働施策総合推進法)施行以降、ハラスメントは単なる「マナー」の問題ではなく、明確な「法律違反」となりました。社会全体のハラスメントに対する感度は劇的に高まっており、「昔ならセーフ」だった言動のほとんどが現在はアウトであるという認識を持つ必要があります。
「適正な指導」と「パワハラ」を分ける3つの条件
厚生労働省の定義に基づき、パワハラが成立する3つの要素を確認しましょう。これらを一つでも踏み越えれば、それは指導ではなくハラスメントです。
優越的な関係を背景としているか
上司と部下という役職の差だけでなく、知識や経験の差、あるいは「集団による孤立化」など、逆らえない状況を利用している場合です。
業務上、必要かつ相当な範囲を超えているか
ここが最大のポイントです。
- NG: 業務ミスに対し「バカ」「クズ」などの人格否定をする。
- NG: 1時間のミスに対し、3時間立たせたまま説教を続ける。
- NG: 全社員が見るグループチャットで晒し者にする。これらは、ミスを改善するという目的を超えた、過剰な攻撃と見なされます。
労働者の就業環境が害されているか
部下が精神的な苦痛を感じ、業務に支障が出たり、体調を崩したりする状態です。本人が「嫌だ」と思えばすべてハラスメントになるわけではありませんが、客観的に見て「これは苦痛だ」と判断される範囲は、想像以上に広がっています。
令和のリーダーが身につけるべき「叱り方」のハック
指導を放棄せず、かつハラスメントを回避するためには、コミュニケーションの「型」をアップデートする必要があります。
「人格」ではなく「行動」を指摘する
部下そのものを否定する言葉(お前はいつも……、やる気があるのか等)はすべてNGです。
- OK: 「今回の提出期限が遅れたという事実(行動)」について指摘する。
- OK: 「どうすれば次は期限内に終わるか」という解決策を問う。対象を「人」から「事象」に切り分けるだけで、ハラスメントのリスクは劇的に下がります。
「感情」ではなく「目的」で語る
怒りに任せて声を荒らげるのは、指導ではなく「感情の発散」です。
「なぜ私は怒っているのか」ではなく、「あなたにどうなってほしいから、この指摘をしているのか」という目的(ベネフィット)をセットで伝えます。「あなたの成長のために、この修正が必要だ」という論理的な結びつきが、納得感を生みます。
「人前」を避け、「短時間」で終わらせる
衆人環視の中での叱責は、部下の羞恥心を煽り、自尊心を深く傷つけます。これは「指導」の範囲を容易に逸脱します。
指摘が必要なときは別室に呼び、要点を絞って短時間で伝えます。長時間にわたる説教は、相手の思考を停止させ、教育効果をゼロにします。
心理的安全性が「ハラスメント」を防ぐ最強の盾になる
どれほど正しい指摘であっても、日頃の人間関係が冷え切っていれば、部下はそれを「攻撃」と受け取ります。
日常的な「小さな承認」の積み重ね
1on1ミーティングなどを通じて、部下の悩みや価値観を日頃から把握しておきます。良い点も悪い点もしっかり見ているという信頼関係があれば、厳しい指摘も「自分のためのアドバイス」として機能します。
「心理的安全性」は甘えではない
何でも許すぬるい職場が心理的に安全なのではありません。「ミスを報告しても怒鳴られない」「疑問を口にしても馬鹿にされない」という安心感があるからこそ、部下は上司の厳しいフィードバックを真摯に受け止める余裕が持てるのです。
フィードバックの「双方向性」
上司側も「私の言い方で、きつすぎるところはなかったか?」と部下に確認する姿勢を持ちます。この一言があるだけで、部下は「自分を尊重してくれている」と感じ、ハラスメント被害として訴えるような心理状態には陥りません。
組織を守るためのハラスメント対策の仕組み
個人の努力だけでなく、組織としてのガードレールを設置することも不可欠です。
1. 全社員向けの明確なガイドライン策定
「わが社ではこれをハラスメントと定義する」というルールを具体的に明文化します。グレーゾーンを曖昧にせず、具体的な事例を挙げて周知することで、上司・部下双方の認識のズレを埋めます。
2. 外部相談窓口の設置
社内の人間には言いづらい不満を吸い上げるための窓口を用意します。早期に情報をキャッチできれば、深刻な法的トラブルや離職に発展する前に、配置転換や指導方法の修正といった「外科手術」が可能になります。
3. 管理職の「アンガーマネジメント」教育
怒りの感情をコントロールできない上司は、組織にとって爆弾と同じです。専門の研修を通じて、自身の感情を客観視し、適切な言葉に変換するトレーニング機会を提供します。
まとめ:指導とは「相手の未来」を創る行為である
「昭和のやり方」が通用しなくなったのは、社会がより「個人の尊重」を重視する方向に進化したからです。
ハラスメントと指導の境界線で迷ったときは、自分にこう問いかけてみてください。
「今、自分が発しようとしている言葉は、相手を『屈服』させるためのものか、それとも『成長』させるためのものか」
相手を委縮させ、心を折ることに教育的な価値はありません。
令和の指導とは、相手の尊厳を守りながら、論理性と対話によって自発的な変化を促す高度な技術です。
過去の厳しさを捨て、新しい時代の「温かく、かつ芯のある指導」を身につけたとき、あなたの組織からはハラスメントという言葉が消え、代わりに「この上司についていきたい」という自発的な熱意が溢れ出すはずです。
まずは、次回の指導の際に「お前」という呼称を「〇〇さん」に変え、座ったまま相手の目を見て静かに語りかけることから始めてみませんか。その一歩が、令和の最強のリーダーシップへの始まりです。
