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経営録

2026.02.19

アトツギが社員に舐められる理由|「若旦那」から「社長」と認められる瞬間

「何を言っても現場のベテランに聞き流される」

「陰で『お坊ちゃん』と呼ばれている気がしてならない」

「社長(親)には従うのに、自分の指示には誰も動いてくれない」

家業に戻ったアトツギ(後継者)が最初にぶつかる最も高い壁、それは「社員との心理的距離」と「権威の欠如」です。立派な肩書きを与えられても、現場の社員からすれば、あなたはまだ「社長の息子・娘」という属性でしかありません。

結論から申し上げます。アトツギが社員に舐められるのは、あなたの能力が低いからではなく、社員があなたの中に「自分たちの生活を背負う覚悟」を見いだせていないからです。

社員にとっての「社長」とは、単なる意思決定者ではなく、危機に際して自分たちを守ってくれる防波堤です。その信頼を勝ち取らない限り、いつまでも「若旦那」という名の部外者のままです。本記事では、アトツギが舐められる構造的な原因を解き明かし、真のリーダーとして認められるための脱皮のプロセスを解説します。

なぜアトツギは現場で「舐められる」のか

アトツギが現場で軽んじられる背景には、社員側の心理とアトツギ側の振る舞いが複雑に絡み合っています。

1. 「苦労知らず」というバイアス

現場の社員、特に長年会社を支えてきたベテランほど、「自分たちは泥にまみれてこの会社を支えてきた」という自負があります。一方で、外の会社や大学から戻ってきたアトツギは、「苦労も知らずに良いポストを用意された特権階級」に見えます。この感情的な反発が、指示への不服従や冷ややかな態度として現れます。

2. 「自分の言葉」で語っていない

「社長(親)がこう言っているから」「一般的にはこうすべきだから」。こうした、誰かの威を借るような発言や、教科書通りの正論は、社員の心に響きません。社員はアトツギが何を考えているかではなく、「自分の頭で考え、自分の責任で発言しているか」を鋭く観察しています。借り物の言葉を使っているうちは、一人の経営者としてカウントされません。

3. 実務への理解不足と「リスペクト」の欠如

現場の細かい苦労や技術的な裏側を知らないまま、効率化や改革を叫ぶ。これは社員にとって最も「舐める」対象となります。「何もわかっていない若造が口を出してきた」と思われた瞬間に、心のシャッターは下ろされます。現場へのリスペクトを欠いた改革案は、ただの傲慢として処理されます。

「若旦那」から脱却するための3つのマインドセット

社員の視線を変えるには、まずアトツギ自身の「立ち位置」を変える必要があります。

「好かれようとする」のをやめる

社員に舐められたくないあまり、物分かりの良い上司を演じたり、機嫌を伺ったりするのは逆効果です。経営者としての孤独を引き受ける覚悟を持ちましょう。嫌われることを恐れて決定を先延ばしにする姿は、社員に「頼りなさ」を印象づけるだけです。

謙虚さと「経営者としてのプライド」を両立させる

現場の技術については、ベテラン社員が師匠です。そこでは徹底的に謙虚に学ぶ姿勢を見せるべきです。しかし、会社の未来やビジョンについては、あなたが誰よりも責任を持つリーダーです。学ぶ姿勢(謙虚さ)と、決める姿勢(プライド)を明確に使い分けることが重要です。

「親の影」を意図的に消していく

いつまでも社長(親)の意向を確認してから動く姿を見せてはいけません。たとえ小さな事柄でも、自分の責任で完結させる領域を増やしましょう。社員が「この件は社長ではなく、若旦那に聞かないと進まない」と認識し始めたとき、権威の移譲が始まります。

社員があなたを「社長」と認める3つの瞬間

社員の認識が「若旦那」から「一人の経営者」へと変わるには、象徴的な「事件」が必要です。それは、言葉ではなく、あなたの「背中」が語る瞬間です。

1. 泥をかぶり、社員を守り抜いたとき

大きなトラブルが発生した際、あるいは顧客から理不尽な要求を突きつけられた際、あなたが先頭に立って矢面に立ち、社員を庇い、責任をすべて引き受ける姿を見せたときです。「この人は、いざという時に自分たちを守ってくれる」という確信が、損得勘定を超えた忠誠心(エンゲージメント)を生みます。

2. 先代(社長)に対してNOを突きつけたとき

多くの社員が「おかしい」と思っている先代の古い習慣や判断に対し、アトツギが毅然と異を唱え、建設的な対案を通したときです。これは親子喧嘩ではなく、会社を良くするための「経営判断」としての対峙です。この姿を見て、社員は「この人はもう親の操り人形ではない」と確信します。

3. 自分にしかできない「新しい成果」を出したとき

先代の遺産を守るだけでなく、アトツギ自身の力で新しい販路を開拓したり、画期的な業務改善を成功させたりしたときです。数字という客観的な成果は、ベテラン社員の「経験」というマウントを無効化します。「この人のやり方で、会社は本当に良くなる」と実感させたとき、あなたは実力でその椅子を勝ち取ったことになります。

リーダーシップを定着させる「静かなる改革」の手順

いきなり大きな組織変更を行うのはリスクが伴います。まずは足元から固めていきましょう。

ステップ1:徹底的な「現場の言語化」

現場で起きていることを、数値や論理で誰よりも詳しく把握してください。「感覚」で語るベテランに対し、正確な「データ」で対話できるようになると、現場はあなたを無視できなくなります。知ることは、支配することではなく、支えるための前提です。

ステップ2:小さな「不」の解消

「ずっと壊れていた備品を直す」「誰もが面倒だと思っていた書類フォーマットを簡略化する」。こうした、現場が地味に困っていた「不」を一つずつ解決していきます。「この人が来てから、少し仕事がしやすくなった」という実感を積み重ねることが、大きな改革を受け入れるための下地となります。

ステップ3:1on1での「期待」の伝達

ベテラン社員に対しても、若手に対しても、一対一で「あなたに何を期待しているか」を真摯に伝えます。アトツギとしてではなく、一人の人間として向き合い、相手の貢献を認める。人は、自分を正当に評価し、必要としてくれる人を「リーダー」として選ぶものです。

まとめ:「社長」という称号は社員から贈られるもの

組織図上の「社長」というポストは親から譲り受けるものですが、実質的な「社長」という称号は、社員の心の中から贈られるものです。

  1. 覚悟を見せる: 責任を負う姿勢を、言葉ではなく行動で示す。
  2. 現場を敬う: 彼らの専門性を尊重し、その上で経営の視点から支援する。
  3. 成果で示す: 自分にしかできない価値を証明し、未来への希望を見せる。

社員に舐められる時期は、あなたが経営者として脱皮するための「修業期間」に過ぎません。その冷ややかな視線を、いつか「この人についてきて良かった」という信頼の眼差しに変える。そのプロセスそのものが、事業承継というドラマの醍醐味です。

「若旦那」と呼ばれることを恐れる必要はありません。その呼び名の中に、いつか「頼もしさ」が含まれるようになるまで、あなたはあなたの信じる道を、誠実に歩み続けてください。

時間はかかるかもしれません。しかし、あなたが逃げずに現場に立ち続ける限り、社員は必ずあなたの変化に気づき、一人のリーダーとして認めざるを得なくなる日がやってきます。