「親の会社を継ぐために戻ってきたけれど、何から手をつければいいのかわからない」
「いきなり改革を叫んでも、古参社員から冷ややかな目で見られてしまう」
「実権を握る前に、まずは何を固めておくべきだろうか」
家業に戻ったばかりの「アトツギ(後継者候補)」は、期待と不安が入り混じった複雑な心境にあります。多くの成功事例や失敗事例を見てきた結論から申し上げます。アトツギが最初に行うべきは、派手な新規事業の立ち上げではなく、経営の土台を固めるための「守り」と「対話」の3ステップです。
経営権を正式に引き継ぐまでの数年間、何を優先して取り組んだかが、その後の数十年の経営を左右します。本記事では、アトツギが最短で信頼を勝ち取り、強い経営基盤を作るための3つの必須ステップを解説します。
ステップ1:現場に飛び込み、組織の「動脈」と「静脈」を知る
アトツギが最初に行うべきは、現場を知ることです。これは単に「作業を覚える」ということではありません。会社がどのように価値を生み出し(動脈)、どこに無理や無駄が潜んでいるのか(静脈)を肌感覚で理解するためのプロセスです。
1. 「現場の苦労」を身体で理解し、信頼を稼ぐ
現場に入らず、涼しい顔で事務所に座っているアトツギを社員は信頼しません。まずは現場の最前線で、社員と同じ汗を流してください。泥臭い作業や顧客対応の最前線に立つことで、「この人は私たちの仕事をわかっている」という心理的な承認が得られます。この信頼の貯金こそが、後にあなたが改革を断行する際の最大の武器になります。
2. 数値化できない「暗黙知」を言語化する
長年続いている会社には、マニュアルにはない「阿吽の呼吸」や「職人芸」が存在します。それらを観察し、なぜそのやり方でなければならないのかを問い続けてください。伝統を守るべき部分と、単なる慣習として非効率になっている部分を見極める目は、現場にしか養われません。
3. 社員の「本音」を拾い上げる
現場で一緒に働く中で、社員が抱える小さな不満や改善のアイデアに耳を傾けてください。会議の場では出てこない「本当の課題」は、現場の雑談の中に隠れています。ただし、この段階でいきなり改善を命じるのは厳禁です。まずは「聴く」ことに徹し、現場の味方であることを示してください。
ステップ2:財務諸表を読み解き、経営の「急所」を把握する
現場の感覚を掴んだら、次に着手すべきは「数字」です。経営者の仕事は最終的に意思決定であり、その判断を支えるのは論理的な数字の根拠です。
1. 損益計算書(P/L)から「儲けの構造」を解剖する
自社の利益がどこから生まれているのかを徹底的に分析してください。主力製品の粗利は適正か、どの経費が利益を圧迫しているのか。数字を深掘りしていくと、現場で感じた「忙しさ」と、実際の「儲け」の乖離が見えてくるはずです。
2. 貸借対照表(B/S)で「会社の体力」を知る
資産と負債の状態を把握し、会社がどれだけのリスクに耐えられるのかを確認します。過剰な在庫はないか、回収が滞っている売掛金はないか。B/Sを読み解くことは、先代が築き上げてきた歴史の重みを理解することでもあります。
3. キャッシュフローを把握し、倒産リスクを回避する
黒字倒産という言葉があるように、通帳の中の現金(キャッシュ)こそが経営の命綱です。入金と出金のタイミング、借入金の返済スケジュールを完全に把握してください。財務の急所を握ることは、先代に対しても「経営を任せられる」と思わせる強力な説得力となります。
ステップ3:最後に、経営理念を「再定義」し、自分の言葉で語る
現場の信頼を得て、財務の現実を把握した。その最後にやるべき最も重要なこと。それは、「経営理念(パーパス)」の再定義です。
1. 先代の想いと時代の要請を「止揚」する
先代が大切にしてきた想い(伝統)を継承しつつ、それを今の時代に合う形にアップデートしてください。理念は壁に貼るお題目ではなく、社員が迷った時の判断基準です。「わが社は何のために存在するのか」を、先代の言葉を借りるのではなく、自分の心の奥底から湧き上がる言葉で紡ぎ直してください。
2. 10年後の「ビジョン」を可視化する
現状の延長線上にない、あなたが創りたい10年後の会社の姿を描いてください。現場を知り、財務を知ったあなただからこそ描ける、地に足のついた、かつ野心的な未来像です。これが、アトツギから「経営者」へと脱皮する瞬間です。
3. 自分の言葉で「決意」を宣言する
理念とビジョンが固まったら、全社員の前で語ってください。現場で汗を流したあなた、数字の厳しさを知ったあなたの言葉には、必ず力が宿ります。「この人の船に乗っていれば大丈夫だ」と社員が確信した時、組織のベクトルは一つになります。
まとめ:アトツギの成功は「守り」から始まる
アトツギはつい、自分の実力を誇示するために「攻め(新規事業やIT化)」を急ぎがちです。しかし、土台が揺らいでいる状態での攻めは、組織の空中分解を招きます。
- 現場を知る: 信頼の貯金を貯め、現場の真実を掴む。
- 財務を知る: 経営の急所を数字で把握し、論理的な判断基準を持つ。
- 理念を再定義する: 自分の代の目的を明確にし、組織を導く旗印を掲げる。
この順番を守ることで、あなたは「社長の子供」から、社員からも先代からも認められる「真のリーダー」へと成長していきます。
承継は一朝一夕には成し遂げられません。しかし、この3つのステップを丁寧に進めていけば、あなたは必ず自分らしい経営を切り拓くことができるはずです。
まずは明日、現場の社員の隣に立ち、「この仕事で一番大変なことは何ですか?」と問いかけることから始めてみませんか。
