「創業者の言葉を一言一句変えてはいけない」
「理念を変えることは、これまでの歴史を否定することになる」
「古参社員が反発して、組織が割れてしまうのではないか」
100年近い歴史を持つ老舗企業の後継者(アトツギ)様から、このような葛藤を伺うことが多々あります。先代、先々代が築き上げてきた暖簾(のれん)の重みを知っているからこそ、その根幹である「理念(社是・社訓)」に手を入れることを躊躇するのは当然のことです。
しかし、結論から申し上げます。「伝統を守る」ことと「理念を変えない」ことはイコールではありません。
むしろ、100年続く企業の多くは、時代の節目において理念の「再解釈」や「再定義」を恐れずに実行しています。言葉の表現を変えることで、創業の精神をより純度高く次世代へ継承しているのです。
本記事では、実際に理念リニューアルを行った老舗企業の成功事例を紐解きながら、**「何を守り(伝統)、何を変えるべきか(革新)」**という判断基準について、実務的な視点から解説します。
なぜ、老舗企業ほど理念が「形骸化」するのか
事例に入る前に、多くの老舗企業が陥っている構造的な課題を整理します。歴史ある企業には必ず立派な「社是」や「社訓」が存在しますが、それが現代の現場で機能不全を起こしているケースが散見されます。その原因は主に以下の2点です。
1. 「暗黙知」の限界と組織の多様化
かつての日本企業は、従業員全員が同じ地域に住み、同じ釜の飯を食う「家族的な共同体」でした。そこでは、「誠実」や「和」といった抽象的な一言だけで、全員が同じ行動をとることができました。「言わなくてもわかる(阿吽の呼吸)」という強力なコンテキスト(文脈)が共有されていたからです。
しかし、現代は違います。中途採用、外国人労働者、リモートワークなど、組織は多様化しています。背景の異なる人々に「誠実であれ」とだけ伝えても、「何をもって誠実とするか」の解釈はバラバラになります。かつての「暗黙知」が通用しなくなった今、それを言語化し、「形式知」へと変換する必要があります。
2. 「手段」の目的化
創業当時は画期的だったビジネスモデルや慣習も、100年経てば陳腐化します。しかし、理念と慣習が密接に結びついている老舗企業では、「昔からこうやっているから」という理由だけで、非効率なやり方が「守るべき伝統」として崇められてしまうことがあります。
これは「創業の精神(目的)」を見失い、「過去のやり方(手段)」を守ることに固執している状態です。理念リニューアルとは、この絡み合った糸をほぐし、本来の目的に立ち返る作業でもあります。
【事例】創業100年・部品メーカーA社の決断
では、実際にどのように理念をリニューアルし、組織を変革したのか。ある地方の部品メーカーA社(創業102年)の事例をご紹介します。
直面していた危機:若手の離職と採用難
A社には、創業者が遺した「至誠一貫(誠実を貫くこと)」という社是がありました。しかし、現場ではこの言葉が「顧客の無理難題をすべて受け入れる」「納期遵守のために残業も厭わない」という、いわば「滅私奉公」の意味で解釈されていました。
その結果、若手社員は「ブラックな体質」に嫌気が差して離職。採用活動でも「古臭い会社」というイメージが先行し、苦戦を強いられていました。5代目社長に就任した後継者は、「このままでは技術が継承できずに会社が終わる」という危機感を抱いていました。
変えたもの、変えなかったもの
社長は、私たち外部パートナーと共に、1年をかけて理念の再構築プロジェクトを敢行しました。そこで行われたのは、社是の廃棄ではなく、**現代語への「翻訳」**でした。
社長は、創業者の日記や過去の社内報を徹底的に読み込み、「創業者が言いたかった『至誠』とは何だったのか?」を問い続けました。その結果、創業者が大切にしていたのは「下請け根性」ではなく、「誰も解決できない技術的課題に挑む『技術者としての誇り』」だったことが判明したのです。
そこで、A社は以下のように理念体系を刷新しました。
- 【Spirit(守るべき精神)】
- 社是:至誠一貫(※これは神棚に残し、変更しない)
- 【Mission(果たすべき使命)】
- 不可能を、技術で希望に変える。
- 【Value(具体的な行動指針)】
- 「できない」と言う前に、一つ試そう。
- お客様の「困った」は、最大のチャンスだ。
リニューアル後の変化
「至誠」という言葉を、「不可能への挑戦」という現代的なメッセージに変換したことで、社内の空気は一変しました。
「無理を聞くのが誠実さ」ではなく、「技術で解決策を出すのが誠実さ」へと定義が変わったことで、現場のエンジニアたちは誇りを取り戻しました。また、この尖ったミッションに共感した優秀な理系学生の採用にも成功。A社は「ただの古い町工場」から、「技術で世界を変えるイノベーション企業」へとブランドを転換させたのです。
成功の共通点|「守破離」の構造設計
A社をはじめ、理念リニューアルに成功している老舗企業には、共通する「型」があります。それは、理念を**「変えない部分(聖域)」と「変える部分(実務)」の二階建て構造**にしている点です。
1. 守るべき伝統(聖域=Spirit)
創業者の言葉や社是・社訓そのものです。これらは企業のDNAであり、歴史そのものです。どんなに言葉が古くても、これを安易に変えたり捨てたりしてはいけません。古参社員やOB、取引先に対する敬意を示すためにも、これは「変えないもの」として大切に保存します。
2. 変えるべき革新(実務=MVV)
一方で、その精神を「現代のビジネスでどう体現するか」という解釈部分は、大胆に変える必要があります。これを「ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)」として新たに策定します。
- 翻訳する: 難しい漢語を、中学生でもわかる平易な言葉にする。
- 具体化する: 精神論を、具体的な行動ルール(Do/Don’t)に落とし込む。
- 未来志向にする: 「守る」言葉ではなく、「挑む」言葉にする。
この「聖域(過去)」と「実務(未来)」を接続することこそが、老舗企業における理念リニューアルの要諦です。
先代への「否定」ではなく「敬意」ある進化を
理念を変えようとすると、社内から「先代の否定だ」という声が上がるかもしれません。しかし、真の継承とは、先代の言葉をオウム返しすることではありません。先代がその言葉に込めた「願い」や「熱量」を受け継ぎ、それを今の時代に最適化して組織を存続させることこそが、最大のリスペクトです。
「形」を守って「国」を滅ぼしては意味がありません。
国(会社・社員)を守るために、形(理念の表現)を変えるのです。
創業100年企業の理念リニューアルとは、単なる言葉遊びではありません。それは、過去100年の歴史を背負いながら、次の100年を生き抜くための**「第二の創業宣言」**なのです。
守るべき核を見極め、変えるべき皮を脱ぎ捨てる。その勇気ある決断だけが、伝統を未来へと繋ぐ架け橋となります。
